相続時精算課税を選ぶべきか?―小規模宅地特例との比較で考える
1.相続時精算課税とは
「相続時精算課税(そうぞくじせいさんかぜい)」とは、
60歳以上の父母や祖父母から、18歳以上の子や孫に贈与をした際に選択できる制度です。
この制度を選ぶと、2,500万円までの贈与は非課税(特別控除)となり、
超える部分には一律20%の贈与税がかかります。
ただし、「精算課税」という名のとおり、
その贈与財産は相続時に贈与時の価額で相続財産に加算され、
最終的に相続税を再計算して過不足を精算する仕組みになっています。
したがって、
贈与時の評価で相続財産に組み込まれる
相続時の値上がり分は課税されない
という特徴があります。
2.小規模宅地等の特例との関係
一方で、「小規模宅地等の特例(租税特別措置法第69条の4)」は、
被相続人の自宅や事業用の土地について、一定の条件を満たすと評価額を最大80%減額できる制度です。
しかし、相続時精算課税で生前に贈与してしまうと、その土地は相続財産ではなくなるため、この特例は使えなくなります。
3.どちらが有利か?簡易比較式で考える
では、「精算課税を使って早めに贈与」するのと、
「相続まで持ち続けて小規模宅地特例を使う」のと、
どちらが有利でしょうか。
ここで次のように置きます:
記号 | 内容 |
---|---|
X | 贈与時の土地評価額 |
Y | 相続時までの値上がり率(例:1.5倍なら Y=1.5) |
t | 相続税率(便宜上同一とする) |
精算課税を選ぶ場合:課税対象額=X
相続時に小規模宅地特例を使う場合:課税対象額=0.2 × X × Y(80%減額後)
比較式はこうなります:
X ≶ 0.2XY
これを整理すると:
1 ≶ 0.2Y
⇨ Y ≶ 5
4.結論:「5倍ルール」でざっくり判断
土地が5倍以上に値上がりするなら、
→ 相続時精算課税を使って贈与時点の価格で固定する方が有利。値上がりが5倍未満なら、
→ 相続時精算課税を使わず、相続時に小規模宅地特例(80%減額)を使う方が有利。
もちろん、実際の税額は相続税率や他の財産構成、配偶者控除などによって変わりますが、
この「5倍ルール」は方向性をつかむうえで非常に実務的な目安になります。
5.注意点
相続時精算課税を選ぶと、その贈与者との間では以後すべての贈与が精算課税扱いになり、暦年課税(110万円控除)が使えなくなります。
贈与後に土地を第三者に貸したり、居住をやめたりすると、相続税の非課税メリットが消える可能性があります。
制度選択は**届出が必要(申告期限内に提出)**であり、取り消し不可です。
6.まとめと実務対応
比較項目 | 相続時精算課税 | 小規模宅地特例 |
---|---|---|
適用タイミング | 生前贈与時 | 相続時 |
評価基準 | 贈与時の価格 | 相続時の価格(最大80%減額) |
値上がりリスク | なし(固定) | あり(評価上昇で課税増) |
制度の併用 | 不可 | 併用可(他財産次第) |
有利になる条件 | 値上がりが大きい | 値上がりが小さい |
7.次のアクション
路線価・倍率方式で**贈与時と相続時の評価差(Y)**を試算する。
相続税率帯(t)を確認し、実効税負担を比較。
贈与後も同居・自宅利用を継続するかを確認。
制度の選択は一度選ぶと取り消せないため、税理士に試算依頼を行う。
📘 参考資料(2025年10月確認)
国税庁『相続時精算課税制度のあらまし』
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4104.htm国税庁『小規模宅地等の特例(居住用)』
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/3302.htm租税特別措置法第69条の4、相続税法第21条の9・15