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私たちは、自分自身の判断や意思決定をどうやったら向上させられるでしょうか。心理学者にしてノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンは「よほど努力をしない限り、ほとんど成果は望めない。」といっています。彼自身が、「相変わらず自信過剰で、極端な予想をし、計画の錯誤に陥りやすく、その度合いは、この分野の研究を始める前と、実はさして変わらないのである。私が、進歩したのは、いかにもエラーがおこりそうな状況を認識する能力だけである。一方、自分が犯したエラーではなく、他人のエラーを認識することにかけては、大いに進歩したと思う。」と述べています。これだけでも大きな意義があります。
今回はダニエル・カーネマンの研究を少しかじってみます。

みなさんはこんな経験はないでしょうか?
1 前後不覚になるまでアルコールを飲み、気がついたら自分の家の玄関で寝ていたという経験。(私はありません。)
2 引っ越したばかりの時に、気がついたら、引っ越し前の家に向かっていたという経験。(これは私にもあります。)

似たような経験はないですか。どうも私たちの頭の中には自動処理システムがあるようです。
考えてみれば、普段の私たちの判断や意思決定の場面で、特に意識することはありません。この自動処理システムを、システム1と名付けます。このシステム1は、とても優秀ですが、間違えもよく起こします。

次の問題に答えてください。
問題1 ノートと鉛筆を買った。合計一一〇円で、ノートは鉛筆より一〇〇円高かった。それぞれいくらか?

問題2 五台の機械は五分で五個のおもちゃを作ります。千台の機械が一〇〇個のおもちゃを作るのに何分かかりますか?
一、一〇〇分
二、五分

問題1の答えは「ノート一〇〇円、鉛筆一〇円」ではありません。「ノート一〇五円、鉛筆五円」です。問題2の答えは「一〇〇分」ではなく、「五分」です。これらの問題は多くの人が引っかかります。プリンストン大学の学生の九〇%が間違えました。あなたの頭が悪いわけではありません。
自動処理システムであるシステム1の特有の間違えです。システム1はおっちょこちょいで、すぐに答えに飛びつきます。でも、私たちがいつも、こんな間違いを起こしているとは思えません。わりと、私たちは優秀なのです。慎重に論理的に考えるときには、私たちの脳の中ではシステム2が動き出します。システム2は、システム1では対応できないような論理的思考をおこなったり、自分の振るまいが適切かどうかをチェックしたりします。ただ、時間がかかり、努力やエネルギーを必要とし、意識しないとシステム2は起動しません。
例えば、「54×72」を計算してみてください、ちょっと頭の中のモードが変わりましたね。それがシステム2です。
先ほどの問題の誤りは、システム2が起動すれば間違えないのに、面倒だからシステム1だけで処理してしまったからなのです。

システム1の起源
このシステム1は、人類の進化の過程で必要なものでした。現在では地球最強の生物は人間ですが、人間が、かつてネズミやウサギの類いであった時からサル、猿人、原人、新人、原成人類への進化の過程では、危険の多いこの世界で生き延びるために必要だったのです。何か起きたときには恐れを抱き、時には逃げ出す必要があります。新たなものに疑いを抱かない動物が生き延びる可能性は低いのです。例えば、大きな音が聞こえた時に、捕食されるかもしれないので警戒します。自分の身の周りに変化がなければ、警戒が薄れます。何度か大きな音がしても、何も悪いことが起きなかった場合には、その大きな音は、無視されます。場合によっては大きな音は、安全であることを示すシグナルにもなります。何かが起きたときに、自分の知っている危険の中から瞬時に自動的に身を守る生物としての反射システムがシステム1の起源なのです。鈍感であることよりも、たとえ間違っいても反射する方が種の保存のためには有意義なのです。

動物のままで良いか!
私たちは日々のビジネス上の判断の中で、警戒を解除して、システム1だけで処理している可能性があります。安全で、心地よい場合には、面倒なシステム2を起動しません。もしかして、先ほどの問題のようなミスをたくさんおこしていますが、気づいていないだけかもしれないのです。

システム1を整理すると、自分の周囲で起こっていること感じたり見たりしながら、自分の置かれている状況を知り、このままで良いのか、何らかの対応が必要なのかを瞬時に判断します。素早く、労力を必要とせず、無意識のうちに作動し、止めるのは難しいという性質があります。判断基準は、「見たものがすべて、知っていることがすべて」なのです。記憶の中からすぐに取り出せる情報、記憶時のインパクトが大きい情報(高頻度、鮮明、物語性など)、身近な人間から直接聞くなどの具体的な話が判断基準となります。システム1はだまされやすく、信じたがる性質を持っています。疑ってかかり、信じないと判断するのはシステム2の仕事です。

システム1の危うさ
システム1のすべてを受け入れ、信じる性質は「自分の判断や選択をおこなっているのは、自立した意識的な自分である。」という自己像を覆すものとなります。
例えば、アメリカの統計で、学校補助金の増額案に関する投票で投票所が学校である場合とそうでない場合には、投票所が学校だと賛成票が増えます。国民に死を暗示すると権威主義思想が高まります。
条件をちょっと操作するだけで、判断に影響が現れます。そんな簡単なことで影響される私たちが、自分が自分自身の価値観で判断をしているといえるでしょうか。

ただ、先行刺激に効果があることは間違ありませんが、必ずしも大きな影響があるとは限りません。少し脅してみました。意見が変わるのは、もともと考えを決めていない一握りの人たちです。しかし、選挙であれば、そのほんの数パーセントで結果が異なります。
ビジネスにおいて明確なポリシーがあれば、この様な刺激に左右されることはありませんが、ポリシーを持っていない事柄を意思決定をしなければならないことなどたくさんあります。私たちが意思決定するときに、直前の知見や印象、環境といった要素で判断が異なってしまう可能性があるのです。

楽天的なのは良いこと?
一般的に、楽天的であることは決して悪いことではありません。楽天的な人は、陽気で楽しく、人気者です。失敗しても立ち直りが早く、困難に直面してもへこたれません。滅多に病気はせず、自分は他人より健康だと感じており、そして実際に長生きする傾向があります。
特に、この情報誌を読んでいる人たちは、起業家であり、指導者です。あなたは、自ら困難とリスクを求ました。あなたには才能があり、しかも幸運でした。あなたは成功体験をとおして、自分の判断や物事をコントロールする能力に自信があります。その自信は、周囲からの賞賛によって一層強まります。多くの人の生活に多大な影響力を及ぼす人は、楽観的且つ自信過剰である可能性が高く、自覚している以上に多くのリスクをとります。
楽天的な性格や自信過剰は、新たなビジネスを立ち上げる企業の経営者の顕著な特徴で、アメリカの統計では新規事業が五年後に存続している確率は三分の一程度(日本では多めに見積もって約46%)に過ぎないのに対して、ベンチャー企業経営者が想定する自分の成功確率は平均60%にも達します。新たな事業を立ち上げて経済の発展に貢献する経営者を「楽天的な殉教者」と言われることすらあります。

楽天的な人の傾向
楽天的な人は、世界を実際よりも安全で親切な場所だと思っており、自分の能力を実際よりも高く、自分の立てた目標を実際以上に達成可能だと考えています。また将来を適切に予想できると考え、その結果として楽観的な自信過剰に陥っている可能性があります。
楽天的であることは、システム1の「見たものがすべて」が原因で、その特徴は、次のとおりです。
1 目標に注意を集中し、一度立てた計画が基準となり、正しい基準を無視する。その結果、実現不可能な計画に陥りやすい。
2 自分がしたいことやできることばかり見て、他人の意図や能力を無視しがちである。
3 過去の説明にしても未来の予測にしても、高い能力があるからだと考え、幸運が果たす役割を無視し、その結果、自分の能力で結果を左右できると思い込む。
4 自分の知っていることを強調し、知らないことを無視する。その結果、自信過剰になりやすい。

楽天的で自信過剰なために、よく間違えを犯す私たちが、正しい判断や意思決定をするために、システム1にどれだけ教えても無駄です。なんといっても自動システムなので、これをコントロールすることは不可能なのです。私たちにできることは、このシステム1を理解することで、誤りやすい状況を認識したり、「ちょっと待てよ!」と、システム2を起動することだけです。
次回は、このシステム1が犯す間違えの傾向を掘り下げてみます。

参考文献
[1] D. Kahneman, 村井章子, and 友野典男, ファスト&スロー : あなたの意はどのように決まるか?,  2014.
[2] D. Ariely and 熊谷淳子, 予想どおりに不合理 : 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」, 2013.

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