愛されたい! 良い人でありたい?| 税務・会計の専門家 藁総合会計事務所
『way to the Top 2023年8月号』より
誰もが「愛されていたい。」と望みます。「嫌われていたい」と思っている人は特別な事情があるはずです。
愛されていれば、ビジネスも成功しやすい。なぜなら、声をかけられやすいからです。にもかかわらず、なぜ無礼な態度や言葉遣いをする人がいるのでしょうか。相手に対する尊敬や配慮を欠く行動や言動は、人を不愉快にします。多分、そんな行動や言動をする人にその自覚はありません。
周りを見渡してそのような人を探す前に、自分の行動を顧みてください。
・部下を人前であざける、軽く扱う。
・部下の仕事ぶりを常に過小評価し、自分の組織の中での地位は低い地位と思い込ませる。
・部下を心が傷つくほどひどくからかう。
・成功したときの手柄は自分のものにするが、何らか問題が生じたときには他人のせいにする。
このような無礼な態度や言動だけが、人を不愉快にするのではありません。どのような行為や言動も相手がどう感じたかです。「尊敬や配慮を欠く扱いを受けた」と相手が感じるかどうかなのです。
無意識の偏見や習慣
無礼な言動や態度の大半は、自分のことばかりで、他人に関心が無いことです。そしてやっかいなのは、無意識下での偏見を自覚することです。偏見を持っていない人などいないということを改めて認識してください。
限られた人たちと仕事をしていると、視野が狭くなり、無意識の偏見を持っていることに気づけなくなります。会社はその典型的な場となります。組織内の当たり前や常識が世間の当たり前ではないということです。
常に具体的な証拠を判断材料にする。特定の材料のみを重要視せず、あらゆる材料を同じように扱う。判断に主観が入り込む余地を徹底して排除する。そして、偏見を減らすには、他人の意見を積極的に取り入れる姿勢も大事です。仕事において重要な決定を下すときは一人で考えずに、必ず他人の意見を聞くことが重要と言われています。ただ、言うのは優しいです。
愛される人であれば、全てがうまくいくのか
人に嫌われたくないの一心で、相手の意見を尊重して、不平不満が出ないように、皆が納得する妥協案を採用する。若しくは両論併記で先送りする。どこかの国の政治や税制を見ているようです。とてもうまくいっているようには見えませんし、実際うまくいっていません。
冷戦が終わり、世界秩序の枠組みが変わる過程で起きた湾岸戦争での日本の対応は、本質的議論を避け、主体的に独自の戦略を形成することができませんでした。日本の政治家・国民が、論理的議論の上、新たな戦略を企てる能力の無さを露呈しただけでした。不確実性が高く、不安定かつ流動的な状況では、皆が納得する妥協案では、「良い人」であるだけでは、何もなすことができないのです。先行モデルや手本がない状況では、真のリーダーとして後続を率いることができません。現場での絶えざるオペレーションの改善や、実施段階における創意工夫による不確実性吸収だけでカバーができない。このような対応は既成の秩序やゲームのルールの中でのみでしか発揮できません。
日本軍の失敗
第二次世界大戦において、日本軍が情緒を排除し、戦争の目的とその目的を達成するための論理的議論がおこなえていたならば、敗戦という結果や世界の枠組みが大きく異なっていたかもしれません。
日本軍が場当たり的対応による泥沼の戦争に突入したのは、周知されているところです。確かに第一次世界大戦の成功体験、つまり客観的事実の尊重とその行為のフィードバックと一般化が頻繁におこなわれ、戦争という不確実な状況下での成果は大きな成功体験でした。しかし、その成功体験と硬直した組織が第二次世界大戦の結果を生み出したのです。
硬直化した組織
もともとは日本軍は高度の官僚制を採用した最も合理的な組織でしたが、固定化された超エリートの間に生まれた雰囲気が、戦略に大きな影響を与えました。
陸軍では、陸軍士官学校出身の正規将校の中から特に優秀な者が選抜されて高等教育機関である陸軍大学校に入学します。卒業生は陸軍内の超エリートとして大部分が参謀に任命され、さらにそのほとんどが将官まで昇進します。陸大出身者を中心とする超エリート集団は、参謀という職務を通じて指揮権に強力に介入し、極めて強固で濃密な人的ネットワークが指揮権を発揮しました。
本来であれば組織におけるリーダーシップはトップに立つ者により発揮されるべきですが、そうではなく、超エリートの参謀が発揮したのです。陸軍大学校では、議論達者であり、意志強固なことが推奨されるような教育を重視していたため、指揮官を補佐する参謀ではなく、指揮官を指揮する参謀が少なくなく、参謀が指揮権を行使したのです。
一方で、米海軍の作戦部長は、作戦部員の人数を極力少なくすることで、有能な少数の者に多くの仕事を与えることが良いと考えるとともに、作戦部員を前線の要員と一年前後で次々と交代させました。このことによって優秀な部員を選抜するとともに、絶えず前線の緊張感を導入し、作戦策定に特定の個人の感情や傾向を排除することに努めていたのです。
人事制度における日米の違い
将官の任命制度は、米海軍では一般に少将までしか昇進できず、それ以降は作戦展開の必要により中将や大将として任命し、その任務を終了すると元の少将に戻すことによって極めて柔軟な人事配置がされていた。
日本海軍では後任の序列を頑なに守った硬直的な人事制度で米軍とは対照的でした。また米軍の組織構造全体は、個人やその間柄、年次を重視する日本海軍の集団主義とは決定的に異なり、人事がシステムとして運営され、エリートの選別・評価を通じて人事を活性化していたといえます。個々人の個性や相性などを考慮する人に優しい人事ではなく、目的を達成するために、人間性をできる限り排除する制度と言えます。
自由となった現代
陸軍士官学校から陸軍へ、そしてエリート街道を一直線に進むことは、生涯を通じて強制された関係が続くということです。強制された鬱陶しい関係の中で個性を発揮することは、自らの承認欲求を満たす良い手段です。しかし現代においては、既存の組織や制度に縛られることなく、関係する相手を選ぶことができます。その意味ではとても自由な社会となりました。しかし、この選ぶという自由は自分だけに与えられたものではなく、相手方にもあるのです。関係性の自由度の高まりは、相手から自分が選んでもらえないというリスクとセットなのです。「個性的であること」は、組織や他人からの承認を求めるのに不都合で、安定した関係が揺らぎかねません。現代の若者たちは、一人でいる人間を「ぼっち」と呼んで哀れみの対象とします。一人でいることは仲間や組織との関係からの阻害を意味するからです。
かつてと比較すれば、現在の日本は、結婚しなくとも、家族がいなくても一人でも生きるのに優しい社会になりました。しかし、人間関係のしがらみから解放され、自由度の高い社会になったからこそ、常に誰かとつながっていなければ逆に安心できなくなっています。また自身でも価値のない人間ではないかと不安を抱くようになったのです。拘束力が緩んで流動性が増したがゆえに不安定化した人間関係を生み出しました。その意味で皮肉なことに一人で生きていくことが、かつて以上に困難な時代になっているのです。社会的動物である人間は、他者からの承認によって自己肯定感を育み、維持していく存在なのです。
一方で不自由さが強まる地方
就職のため県外に出る高卒者や専門学校卒の人々は減少しているのに対し、大学進学のため、また大学卒業後に就職のために地方を出る人々は必ずしも減っていません。これは自分で環境を変えることができる人と、変えることができない人がいるということです。学歴、資産や特別なコネを持たない者は、地方を出ることができない、つまり階層化が高まっているのです。学歴に優れ、資産を持つ社会的強者だけが都会に出て行く、地方にとどまる人々には、これまで以上に地方の人間関係やしきたりに従順であることが求められ、地方社会の風通しが悪くなっているのです。
都会では、孤独化による社会との関係性を強める行動がおき、地方では閉塞感からの個性の発揮による承認欲求を求める行動が起きる。日本の中であっても都会と地方では行動様式が大きく異なっていくことになっているのです。
成熟した社会で、周りと同じことをしていても、限られたパイを分け合うだけです。視点を変えることで、日本の中であっても都会と地方では行動様式が異なっているのです。
サラリーマンは「ぼっち」にならないために、目立つことは憚られますが、経営者は常に「ぼっち」です。事業を成功させることで承認欲求を満たしましょう。事業のグランドデザインを描き、その目的に向かって試行錯誤することで、「社員となりたい」と選ばれなければなりません。
ただ、自分のことだけを考えて、他人に無関心になってはいけません。「ぼっち」であることと無礼な態度は別物です。
参考文献
Porath, C. L.,; 夏目大. (2019). Think CIVILITY : 「礼儀正しさ」こそ最強の生存戦略である. 東洋経済新報社.
戸部良一, 寺本義也, 鎌田伸一, 杉之尾宜生, 村井友秀,; 野中郁次郎. (1991). 失敗の本質 : 日本軍の組織論的研究. 中央公論社.
現代ビジネス. (2023). 日本の死角(Issue 2703). 講談社.