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生活者と企業の担当者を並べ、誰にとっても分かりやすい税制を考える図。

年末に向けて、翌年度の税制改正をめぐる議論が活発になる季節です。控除の見直しや特例の延長など、さまざまな提案が報じられます。

税制の基本として、よく挙げられるのが「公平・中立・簡素」という三つの原則です。負担する能力に応じて公平に負担し、働き方や投資などの選択をできるだけゆがめず、分かりやすい仕組みにする。いずれも大切な考え方です。

しかし、実際の税制を見ると、改正を重ねるほど条件や計算が増え、理解することも、人に説明することも難しくなっているように感じます。

この問題を考えるとき、私がまず問い直したいのは、「誰にとって分かりやすい税制なのか」ということです。

公平にするために、複雑さが必要なことはある

税制が複雑になる理由の一つは、公平を求めることにあります。

同じ所得でも、家族の状況や医療費などの負担によって、生活の余裕は異なります。そうした違いに配慮すれば、控除や特例、その適用条件が必要になります。

所得の一定額を境に負担が急変しないようにすれば、段階的な調整も加わります。一つひとつの配慮には理由があっても、それらが積み重なることで、制度全体は複雑になります。

もっとも、複雑さのすべてが公平のために生まれるわけではありません。政策的な優遇、租税回避への対応、制度変更に伴う経過措置なども関係します。

したがって、「公平のためだから複雑でも仕方がない」と一括りにせず、何のための複雑さであり、その目的に見合っているのかを確かめる必要があります。

公平と簡素の関係を論じた栗原一福氏の論説でも、納税者の記帳能力などを背景とした簡素化の議論が紹介されています。簡素さは、制度だけを眺めても評価できず、それを利用する人の状況と併せて考える必要があります。栗原一福「課税思想の潮流:公平と分配を巡る変遷」『税大ジャーナル』35号、特に121~122頁

身近な所得税こそ、広く理解できるものであってほしい

ここで考えたいのは、企業の組織再編のような専門的な取引だけではありません。給与を受け取る人や年金で暮らす人など、多くの個人に関わる所得税です。

例えば、基礎控除、扶養控除、所得金額調整控除。それぞれは異なる仕組みですが、年末調整などでは、本人や家族の所得、年齢、そのほかの条件を確認しながら、自分に関係する控除を判断しなければなりません。国税庁の案内でも、各種控除の申告書や判定事項が示されています。国税庁「給与所得者(従業員)の方へ(令和8年分)」

専門家が時間をかければ理解できるとしても、それを税務に詳しくない人へ、短い言葉で正確に説明するのは容易ではありません。

例えば、パートで働く方が知りたいのは、「今年、勤務時間を増やすと、自分や家族の税金はどうなるのか」という生活に直結することです。控除の仕組みを順番に説明されても、最後まで聞かなければ自分への影響が分からないのであれば、安心して働き方を選びにくくなります。

これは、理解しようとする人の能力だけに帰すべき問題ではないと思います。

すべての個人に関わる税制であれば、税法を専門に学んでいなくても、自分に関係する条件と負担の変化を把握できることを、制度設計の出発点にすべきです。

全員が税額計算の細部を暗記する必要はありません。それでも、何を申告すべきか、収入が変わると何が変わるのか、どこに確認すればよいのかは、無理なく分かるものであってほしいと思います。

「計算できる」と「説明できる」は違う

現在は、所得や家族の情報を入力すると、給与計算ソフトなどが税額を計算してくれます。これは大きな進歩です。手作業の計算負担や転記ミスを減らす意義もあります。

一方で、私は、デジタル化によって「計算できる制度」の範囲が広がったことと、「納税者が理解できる制度」になったことは、分けて考える必要があると思っています。

紙の申告書と計算表を中心に処理していた時代であれば、条件分岐や段階的な調整をいくつも持ち込むことには、現在より強い実務上の制約があったでしょう。

しかし、システムで処理できるようになれば、細かな条件を追加すること自体は可能になります。その結果、制度を決める側が「計算はシステムが行うから対応できる」と考え、納税者が理解し、説明を受けるための負担を見落としていないか。ここは問い直したいところです。

自動計算されても、入力する情報が分からなければ困ります。計算結果が出ても、なぜその金額なのか分からなければ、誤りに気付きにくくなります。来年の収入を変えた場合にどうなるかを、自分で見通すことも難しくなります。

デジタル化は、複雑な制度を処理するためだけでなく、納税者が理解し、判断する負担を減らすために使うべきではないでしょうか。

税務当局、企業、個人では、負担を引き受ける力が違う

同じ制度でも、それを扱う立場によって負担は異なります。

税務当局にとっては所得を細かく区分できる制度であっても、企業の給与担当者には、従業員の情報を集め、質問に答え、訂正する仕事が生じます。個人には、自分や家族の所得を確認し、申告書を理解して提出する負担が生じます。

制度の計算を誰かが代行しても、確認や説明の負担まで消えるわけではありません。簡素化を評価するときは、ある立場の負担を減らしただけで、別の立場へ移していないかを見る必要があります。

大企業であれば、税務や法務の専門人材を置き、外部の専門家へ相談することもできます。一方、同じ企業でも、小規模な会社では、経営者や少人数の担当者が多くの仕事を兼ねています。

個人についても、制度を調べる時間、専門家へ相談する費用、デジタル機器を使う環境は一様ではありません。

「説明資料は公開している」「ソフトで計算できる」というだけで十分なのか。実際に使う人の立場から、もう一段の検討が必要です。

企業には一定の複雑さが必要でも、予見できなければ困る

個人に身近な税制と、複雑な企業取引の税制とでは、求められる簡素さの程度が異なる場面もあるでしょう。

例えば、組織再編や国際取引について、実態の違いを無視して一律の処理をすれば、かえって不公平や不合理が生まれることがあります。そのために必要な詳細なルールまで、短くすることを優先すべきだとは思いません。

坂田一郎氏の研究は、企業関連税制について、制度の外見的な簡潔さよりも、ルールの明確さと予見可能性を重視する考え方を示しています。透明性を、条文解釈や運用の明確化を通じて予見性を高めるものとして位置付けています。坂田一郎「経済活力の視点からみた税制改革」RIETI Discussion Paper Series 04-J-012、特に本文13~14頁

ただし、専門家を雇える企業であっても、取引を実行した後でなければ税務上の取扱いが分からないのでは、安心して経営判断ができません。

企業に一定の複雑さを求めるのであれば、それに見合う明確なルールと、判断基準にアクセスできる仕組みが必要です。

詳しく書かれていることと、結論を予見できないことは、別の問題です。必要な複雑さを認めることは、不明確さを認めることではありません。

透明性は、条文を平易にするだけでは実現しない

ここで重要になるのが、透明性です。

条文の言葉が分かりやすいことは、その出発点です。しかし、それだけで自分への適用結果が分かるとは限りません。関係する規定が分散していたり、判断基準が見えなかったりすれば、平易な文章でも全体像はつかみにくくなります。

取引や申告の前に税務当局の見解を確認する手続きも、予見可能性を支える方法の一つです。酒井克彦氏の研究は、事前照会への文書回答について、予測可能性、法的安定性、回答の公表による情報共有などの観点から検討しています。酒井克彦「事前照会に対する文書回答手続の在り方」要約

もっとも、情報を公開すれば、誰もが同じように利用できるわけではありません。

岸本哲也氏は、政策一般を対象とした研究で、透明性の向上が、政治に働きかける資源を持つ人を相対的に有利にする可能性も指摘しています。この指摘は、透明性と公平を考えるうえで重要な留保です。岸本哲也「政策の透明性の増加はなにをもたらすか?」『公共政策研究』3巻、公開抄録

これを税制に引き付けて考えるなら、資料を読み解く力や相談先の有無によって、制度の使いやすさに大きな差が生じていないかも確認する必要があるでしょう。

分かりやすい説明、具体例、利用しやすい相談窓口、計算結果の根拠を確かめられる仕組み。情報の公開と併せて、情報を理解し、利用できる環境を整えることが大切です。

今年の税制改正で、問いかけたいこと

公平のために一定の複雑さが必要なことはあります。しかし、その調和に必要なのは、条文を平易にすることだけではありません。

適用結果を事前に見通せること、判断基準にアクセスできること、そして情報を理解・利用する機会が一部の人に偏らないことまで問う必要があります。

そのうえで、多くの個人に関わる基本的な税制では、そもそもの仕組みを分かりやすくする努力を、より重く考えるべきだと思います。説明資料やシステムを充実させれば、どのような複雑さも許されるわけではありません。

今年の税制改正の議論では、「減税か増税か」に加えて、次のことにも目を向けてみてください。

  • 税務の専門家でない人も、自分への影響を理解できるか。
  • 計算だけでなく、申告・確認・説明の負担も減るか。
  • 必要な複雑さと、避けられる複雑さが区別されているか。
  • 個人も企業も、行動する前に税負担を見通せるか。

税制は、専門家だけが使う仕組みではありません。日々働き、暮らし、事業を営む人たちが関わるものです。

私は、税理士として制度を分かりやすく伝える努力を続けるとともに、説明する側が苦心しなければ伝えられない複雑さについては、制度自体の問題としても考えていきたいと思っています。

ご自身の働き方や会社の判断に関係する改正があれば、「いつから」「何を条件に」「自分にはどう適用されるか」を確認してください。説明を聞いても判断しにくい点は、そのままにせず、勤務先の担当者や税理士へ具体的に尋ねてみてください。

東京・品川区の税理士
藁総合会計事務所
藁 信博

参考資料確認日:2026年10月30日。過去の研究は税制を考える視点として参照しており、研究当時の制度を現在の取扱いとして紹介するものではありません。