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スタートアップ企業から、「出資してほしい」「株式や新株予約権を取得してほしい」と声をかけられることがあります。

もちろん、投資をするかどうかを判断するうえでは、その会社の事業内容や成長可能性を考えることが第一です。

しかし、スタートアップへの投資を個人で行う場合には、もう一つ知っておきたい制度があります。

それが、「エンジェル税制」です。

エンジェル税制とは、一定の要件を満たすスタートアップ企業へ個人が投資した場合に、所得税の負担を軽減する制度です。

近年は制度の拡充が続いており、有償新株予約権についても一定の場合には対象となりました。また、2026年からは株式譲渡益をスタートアップへ再投資する期間も延長されています。

今回は、エンジェル税制の基本的な仕組みと、実際にスタートアップへの投資を検討するときに注意したいポイントを整理してみます。

エンジェル税制は「個人投資家」のための制度です

まず最初に押さえておきたいのは、エンジェル税制は個人投資家を対象とした所得税の制度だということです。

例えば、経営者がスタートアップへの投資を検討していて、

  • 自分個人で株式を取得する
  • 自分が経営する法人で株式を取得する

という二つの選択肢があったとします。

法人で取得した場合には、法人税のルールに従って投資損益を処理します。

一方、個人で取得した場合には、投資先企業や取得方法などが一定の要件を満たせば、エンジェル税制を利用できる可能性があります。

したがって、スタートアップから

「個人名義にしますか、それとも法人名義にしますか」

と聞かれた場合には、単にどちらでもよいという話ではありません。

将来の売却方法なども含めて考える必要があります。

投資した年に利用できる3つの主な優遇措置

現在のエンジェル税制には、投資した年に利用できる代表的な制度として、次の3つがあります。

  • 優遇措置A
  • 優遇措置B
  • プレシード・シード特例

名前だけを見ると分かりにくいので、一つずつ見ていきましょう。

① 優遇措置A――所得そのものから控除する

優遇措置Aでは、一定のスタートアップ企業へ投資すると、

「対象となる投資額-2,000円」

を、その年の総所得金額等から控除できます。

ただし、対象となる投資額には上限があり、

  • 800万円
  • 総所得金額等の40%

のいずれか低い金額までとなります。

例えば、一定の要件を満たすスタートアップへ500万円投資した場合には、原則として、

500万円-2,000円=499万8,000円

を所得から控除できる可能性があります。

所得税率の高い方であれば、投資した年の税負担をかなり軽減できる場合があります。

ただし「永久に非課税」になるわけではありません

ここで注意したいことがあります。

優遇措置Aによって所得控除を受けた金額については、原則として、将来そのスタートアップ株式を売却するときの取得価額から差し引かれます。

つまり、

「現在の所得税を軽減して、将来株式を売却するときまで課税を繰り延べる」

という性格を持った制度です。

単純に税金がなくなる制度ではない、という点は理解しておいた方がよいでしょう。

② 優遇措置B――株式の譲渡益から投資額を控除する

優遇措置Bは、優遇措置Aとは少し考え方が違います。

こちらは給与所得や事業所得などから控除するのではなく、

その年に発生した株式の譲渡益から、スタートアップへの投資額を控除する

制度です。

例えば、上場株式を売却して1,000万円の譲渡益が発生した年に、対象となるスタートアップへ500万円投資したとします。

一定の要件を満たせば、

1,000万円-500万円=500万円

というように、課税対象となる株式譲渡益を圧縮できます。

優遇措置Aと違い、800万円という投資額の上限はありません。ただし、控除できる金額は対象となる株式譲渡益が限度となります。

こちらも原則として取得価額を調整するため、基本的には課税の繰延べです。

イメージとしては、

「株式を売って得た利益を、次のスタートアップ投資へ乗り換える」

ための制度と考えると分かりやすいでしょう。

③ プレシード・シード特例――一定額までは「課税繰延べ」ではなく「非課税」

さらに、創業後間もない一定のスタートアップについては、プレシード・シード特例があります。

基本的な仕組みは優遇措置Bに似ています。

スタートアップへの投資額を、その年の株式譲渡益から控除します。

しかし、大きな違いがあります。

プレシード・シード特例では、一定の範囲について、控除した金額を投資先株式の取得価額から差し引きません。

つまり、単なる課税の先送りではなく、実質的な非課税措置になります。

非課税となる投資額は、年間20億円までとされています。

例えば、株式を売却して5,000万円の利益が生じ、その5,000万円を対象となる創業初期のスタートアップへ投資した場合、要件を満たせば大きな税制上のメリットを受けられる可能性があります。

成功した起業家や投資家の資金を、次の新しい企業へ循環させようという政策的な意味の強い制度です。

2026年から「翌年のスタートアップ投資」も対象に

2026年から、エンジェル税制には重要な改正が入っています。

従来は、株式譲渡益についてエンジェル税制を利用するためには、基本的に株式を売却した年にスタートアップへの投資を行う必要がありました。

2026年1月1日以後に取得する一定の株式については、所定の手続きを行うことで、株式譲渡益が発生した年の翌年末まで再投資期間が延長されています。

例えば、

  • 2026年 保有していた株式を売却して利益が発生
  • 2027年 対象となるスタートアップへ投資

という場合でも、一定の要件を満たせば、2026年に発生した株式譲渡益についてエンジェル税制を利用できる可能性があります。

これは実務上、かなり大きな変更です。

株式を売却した年の12月31日までに投資先を探して契約しなければならない、という時間的な制約が緩和されたからです。

ただし、後から自由に選択できるわけではありません。

株式譲渡益が発生した年の確定申告の段階で、翌年にスタートアップへ再投資する見込みであることなどについて所定の手続きを行う必要があります。

したがって、株式の売却によって大きな利益が発生した場合には、確定申告をする前に翌年のスタートアップ投資の予定も確認することが重要になります。

プレシード・シード特例には2026年から保有期間のルールも

再投資期間が延長された一方で、2026年からはプレシード・シード特例などの非課税措置について、一定の保有期間も設けられています。

原則として、株式を取得した年の翌年末までに対象株式を譲渡すると、非課税措置ではなく課税繰延べの扱いへ切り替わることがあります。

ただし、IPOやM&Aなど一定の場合については例外が設けられています。

税制だけを目的とした極端に短期間の投資を防ぎながら、本来のスタートアップ投資を促進しようという考え方です。

投資がうまくいかなかった場合にも特例があります

スタートアップへの投資ですから、当然、すべての企業が成長するわけではありません。

IPOやM&Aによって大きな利益が出ることもあれば、事業がうまくいかず投資額を回収できないこともあります。

そこでエンジェル税制では、一定の対象株式を売却して損失が生じた場合、その損失をその年の他の株式譲渡益と通算できる特例が設けられています。

さらに、その年に控除しきれなかった損失については、一定の要件のもとで翌年以後3年間にわたって繰越控除することができます。

また、投資先企業が上場しないまま破産や解散などによって株式の価値がなくなった場合についても、一定の場合には特例の対象になります。

成功した場合だけでなく、失敗した場合の税務上のリスクにも一定の配慮がされているわけです。

有償新株予約権もエンジェル税制の対象になる場合があります

最近、スタートアップ企業では、株式そのものではなく有償新株予約権を経営者や外部の支援者などに付与するケースもあります。

2024年度の税制改正により、一定の有償新株予約権についてもエンジェル税制の対象に含めることができるようになりました。

ただし、非常に重要なポイントがあります。

新株予約権を購入した時点でエンジェル税制を使えるわけではありません。

新株予約権を行使し、実際に発行会社の株式を取得した年にエンジェル税制の要件を判定します。

その時点ですべての要件を満たしていれば、2024年4月1日以後に取得した一定の有償新株予約権については、新株予約権そのものを取得するために支払った金額も、エンジェル税制上の株式取得額に含めることができます。

「SOを持っているだけ」では適用されない

例えば、次のようなケースです。

有償新株予約権を取得

会社が成長

新株予約権を行使して株式を取得

将来、M&AやIPOによって株式を売却

この場合には、株式を取得した段階で要件を満たしていれば、エンジェル税制を利用できる可能性があります。

一方で、

有償新株予約権を取得

新株予約権を行使しないままM&A

新株予約権そのものを買い取ってもらう、または清算する

という形で終了した場合には、新株予約権を行使して株式を取得していません。

少なくとも、有償新株予約権についてエンジェル税制を適用するための「株式取得」の場面には到達していないことになります。

したがって、

「有償SOを取得したからエンジェル税制が使える」

と単純に考えることはできません。

既存株主から株式を買えばよいわけではありません

もう一つ注意したいのが、株式の取得方法です。

エンジェル税制は、基本的にはスタートアップ企業へ新しい資金を供給することを目的とした制度です。

そのため、単純に既存株主からその会社の株式を買い取ったというだけでは、原則として対象になりません。

基本となるのは、会社が株式を発行する際に払込みをして取得することです。

「未上場のスタートアップ株式を取得した」という事実だけで、エンジェル税制が利用できるわけではありません。

個人で取得するか、法人で取得するか

ここまで見てくると、スタートアップ企業から株式や有償新株予約権の取得を提案された場合に、

「個人で取得するか、法人で取得するか」

という選択が非常に重要であることが分かります。

法人で取得すれば、エンジェル税制はありません。その代わり、将来発生する利益や損失について法人税のルールで処理することになります。

個人で取得した場合には、要件を満たせば、

  • 投資した年の所得控除
  • 株式譲渡益からの控除
  • プレシード・シード特例による非課税措置
  • 売却損失の損益通算
  • 損失の3年間の繰越控除

などを利用できる可能性があります。

だからといって、必ず個人で取得した方が有利ということでもありません。

大切なのは、入口だけでなく出口まで考えることです。

スタートアップ投資では「どう終わるか」まで考える

例えば、有償新株予約権への投資であれば、将来は大きく次のような展開が考えられます。

  • 新株予約権を行使せず、M&Aなどによって清算・換金する
  • 新株予約権を行使して株式を取得し、その株式を売却する
  • 株式を取得してIPOまで保有する
  • 会社が成長せず、投資額を回収できない

どの出口になるかによって、個人と法人の税務上の結果は大きく変わります。

特に有償新株予約権の場合には、「権利行使するのか、しないのか」によって、エンジェル税制そのものが関係するかどうかも変わってきます。

投資金額が小さいと、取得時には税務まで考えずに判断してしまいがちです。

しかし、スタートアップが大きく成長すれば、数年後の利益は当初の投資額とは比較にならないほど大きくなる可能性があります。

だからこそ、取得時点で将来の出口をいくつか想定しておくことが大切です。

エンジェル税制は「投資する前」に確認しましょう

エンジェル税制には大きなメリットがあります。

しかし、どのスタートアップへの投資でも利用できる制度ではありません。

投資先企業について、設立からの年数、事業内容、研究開発や営業損益などについて細かな要件があり、投資家側にも一定の要件があります。

また、制度を利用するためには、対象企業による確認手続きや、確定申告時の書類提出なども必要になります。

したがって、

「投資してからエンジェル税制が使えるか調べる」のではなく、「投資する前に使えるか確認する」

ことが重要です。

特に、

  • 個人名義か法人名義かを選択できる
  • 株式ではなく有償新株予約権を取得する
  • 近い将来M&Aが想定されている
  • すでに株式売却による大きな譲渡益がある

といった場合には、契約をする前に税務面を確認することをおすすめします。

まとめ――エンジェル税制は「入口」と「出口」をセットで考える

エンジェル税制は、スタートアップへの個人投資を税制面から後押しする非常に特徴的な制度です。

投資時の所得控除や株式譲渡益からの控除だけでなく、創業初期企業への投資については一定の非課税措置があり、投資に失敗した場合にも損失の通算・繰越という制度があります。

さらに、有償新株予約権も一定の場合には対象となり、2026年からは株式譲渡益発生後の再投資期間も延長されました。

一方で、制度には細かな要件があります。

特に大切なのは、

「個人で持つか、法人で持つか」
「株式なのか、新株予約権なのか」
「権利行使するのか」
「最後はどのように売却・換金するのか」

まで考えることです。

スタートアップ投資は、入口では小さな投資であっても、会社が成長すれば出口では大きな金額になることがあります。

投資判断そのものは事業の将来性を見て行うものですが、税務については後から変更できないことも少なくありません。

「投資する前に、将来の出口まで考えておく。」

エンジェル税制を検討するときには、この視点を忘れないことが大切です。


※本記事は2026年9月現在の法令・公表資料をもとに、一般的な制度の概要を説明しています。エンジェル税制の適用可否は、投資先企業、投資家、取得方法、取得時期などによって異なります。実際の投資に際しては個別にご確認ください。