人は、環境や役割が変わるたびに、自分自身も変化していきます。
会社も本来は同じです。
ところが、会社では、かつて成功した方法が組織の中に残り、環境が変わった後も同じ判断を続けてしまうことがあります。
人口構造、技術、顧客の選び方、働く人の価値観、物価や金利。会社を取り巻く環境は、すでに大きく変わっています。
それでも会社は、過去と同じままでよいのでしょうか。
人は、環境と役割によって変化する
子供の頃、私たちの世界の中心は家族です。最も接するのは母親で、次に父親や兄弟、祖父母でしょう。
幼稚園に通うようになると、そこに友達や先生、友達の親が加わります。
小学校、中学校、高校と進むにつれて、友達との競争や、先生からの評価を意識するようになります。
大学生になり、アルバイトを始めれば、それまでの比較的同質で閉鎖的だった世界に、世代や育った環境の異なる人たちが入ってきます。
社会人になると、上司、先輩、後輩、取引先との関係が加わります。
結婚し、子供が生まれれば、夫や妻という立場、親という立場を、いや応なく担うことになります。
環境が変わり、関わる人が変わり、期待される役割が変わる。そのたびに、私たちの考え方や行動も変わっていきます。
人は、完成された状態で生きているのではありません。常に変化の途中にいます。
人は、生きるためにベストを尽くす
元気なときには、「延命治療までして長く生きたいとは思わない」と話していた人が、病気になり、死を身近に感じたときには、少しでも長く生きるための治療を選ぶことがあります。
もちろん、すべての人が延命治療を選ぶわけではありません。苦痛を減らすことや、自分らしく生きることを優先する人もいます。
それでも、死が遠くにあるときと、目の前に迫ったときとでは、判断が変わることがあります。
人は、生きるために生きています。
生きることが本能だからです。
そして、生きるためにベストを尽くします。
会社も同じです。
資金繰りが本当に厳しくなれば、経営者は金融機関を回り、支出を削減し、新しい顧客を探します。場合によっては事業の売却や、外部からの支援も検討します。
それまで避けていたことにも、生き残るためなら取り組みます。
問題は、会社の存続が危ぶまれるところまで、変われないことです。
資金も人材も信用も残っているうちなら、多くの選択肢があります。しかし、追い詰められてからでは、選べる道が少なくなっています。
だからこそ、まだ余裕があるうちに変化する必要があります。
働く人は、30年以上前から減り始めている
日本の生産年齢人口、つまり15歳から64歳までの人口は、1995年の約8,716万人をピークに減少しています。
ところが、その後もしばらく日本の総人口はおおむね横ばいで推移しました。
1995年から2008年にかけて、15歳未満の人口は約286万人減少し、生産年齢人口も約496万人減少しました。
一方、65歳以上の人口は約994万人増えています。そのため、総人口は約212万人増加しました。
子供や働く世代が減っていても、平均寿命が延び、高齢者人口が増えたことで、総人口の減少が見えにくい期間が生まれたのです。
さらに、女性の社会参加、定年延長、高齢者雇用などによって、働き手の減少を補ってきました。
しかし、生産年齢人口が回復したわけではありません。減少による影響を、別の方法で補ってきたにすぎません。
これまでと同じ方法だけで人手不足を乗り越えることは、次第に難しくなっています。
人口以外にも、経営環境は変わっている
人口構造以外にも、会社を取り巻く環境は大きく変化しています。
1.技術の変化
インターネット、スマートフォン、クラウド、生成AIが普及し、情報収集や業務処理の速度が大きく変わりました。
これまで人が時間をかけて行っていた仕事が自動化される一方で、何を機械に任せ、何を人が判断するのかという新しい課題も生まれています。
2.顧客の選び方の変化
今の世の中には、良い商品やサービスがあふれています。多くの家庭には、生活に必要な基本的なモノがすでに行き渡りました。
一方、消費者には、数多くの商品を一つひとつ比較する時間がありません。
品質だけでなく、見つけやすさ、分かりやすさ、口コミや実績による安心が、選ばれるための重要な条件になっています。
3.働く人の価値観の変化
かつては、長時間働くことや、一つの会社に長く勤めることが高く評価されました。
現在は、仕事の内容、働く時間、家庭との両立、成長の機会、職場の人間関係など、働く側が重視するものが多様になっています。
会社が人を選ぶだけでなく、働く人から会社が選ばれる時代になりました。
4.物価と金利の変化
長く続いたデフレと低金利の時代から、物価、賃金、金利が動く時代へ移りつつあります。
原材料費や人件費が上がっても、価格を据え置けば利益は減少します。
売上だけでなく、適正な価格を設定し、利益と資金を残す経営が必要です。
5.企業に求められる責任の変化
法令遵守、情報管理、ハラスメント対策、環境への配慮、人権問題、取引先の管理など、企業に求められる責任は広がっています。
小さな会社だから関係ないとはいえません。取引先、金融機関、従業員から選ばれるためにも、経営の透明性が必要になっています。
日本企業に残る二つの成功体験
これほど環境が変わっているのに、会社の意思決定の仕組みは、どれほど変わっているでしょうか。
中小企業を見ていると、過去の成功体験から抜け出せない会社が少なくありません。
日本企業には、大きく二つの成功体験が残っているように思います。
一つは、バブル期までの成長の成功体験です。
市場は拡大し、人も増え、設備を増やし、取引先を広げれば売上が伸びました。良いものをつくり、営業量を増やせば成長できた時代です。
もう一つは、バブル崩壊後の生き残りの成功体験です。
借入金を減らし、現金を蓄え、投資を抑え、人を増やさず、固定費を削減する。成長することより、失敗しないことが重視されました。
どちらも、その時代には合理的な判断でした。
問題は、かつて正しかった判断を、環境が変わった後も続けていることです。
成功が、次の変化を妨げる
経営学では、既存事業の改善や効率化に力を入れすぎるあまり、新しい事業や可能性を探す活動が弱くなることを「サクセストラップ」と呼びます。
中小企業庁の2019年版中小企業白書でも、既存事業を深める「深化」に偏ることで、新しい事業を探す「探索」が妨げられる問題が取り上げられています。
成功した経験があるほど、次のような前提を疑いにくくなります。
- この方法で、これまでうまくいった
- お客様は、これを求めている
- うちの業界では、これが常識だ
- 新しいことをしなくても、まだ何とかなる
しかし、その成功が、人口が増えていたからなのか、競合が少なかったからなのか、低金利だったからなのか、自社に本当の強みがあったからなのかを分けて考えなければなりません。
成功を否定する必要はありません。
必要なのは、成功した方法と、成功した理由を分けて考えることです。
長寿企業は、変わらなかった会社ではない
日本には、長い歴史を持つ会社が数多くあります。
帝国データバンクの調査では、2025年時点で、業歴100年を超える企業は全国に4万6,708社ありました。
世界最古の企業として知られているのが、社寺建築を手がける金剛組です。
金剛組の創業は西暦578年とされています。聖徳太子の命を受け、四天王寺の建立に携わった百済の工匠の一人、金剛重光を祖としています。
ただし、578年から同じ法人がそのまま続いている、という意味ではありません。
金剛組の公式な会社概要では、創業を578年、現在の会社の設立を2006年としています。法人や資本関係の形を変えながら、宮大工の技術と精神を引き継いできた会社と捉えるのが正確でしょう。
金剛組の公式サイトにも、伝統的な技術を守るだけでなく、先人から学び、さらに高度な技術を生み出していく姿勢が示されています。
長寿企業が守ってきたのは、過去の仕事のやり方そのものではありません。
顧客に提供する価値、技術、信用、理念といった中核を守るために、組織、商品、技術、販売方法、資本関係などを変えてきたのです。
変化すれば、必ず成功するわけではない
ただし、変化すること自体が正しいわけではありません。
新しい事業に手を広げすぎれば、経営資源が分散します。流行しているという理由だけで新しい技術を導入すれば、現場に負担がかかります。
変えてはいけないものまで変えれば、会社は強みを失います。
一方、何も変えなければ、環境に適応できません。
経営者が考えるべきなのは、次の三つです。
- これからも守りたいものは何か
- 守るために、何を変える必要があるか
- これまでの経営判断の前提は、今も正しいか
守るために、変わり続ける
会社を存続させることだけが、経営の目的ではないかもしれません。
しかし、会社がなくなれば、顧客への価値提供も、従業員の生活も、技術の承継も、地域への貢献も続けられません。
だからこそ、会社は生き残るためにベストを尽くします。
そして、これからも守りたいものを明確にしたうえで、これまでとは違うことに挑戦する。
長く続く会社とは、変わらない会社ではありません。
守るべきものを守るために、変わり続けることのできる会社なのだと思います。
次回予告
第2回では、環境変化の中でも、特に「顧客の選び方の変化」を取り上げます。
良い商品があふれ、多くの人が生活に必要なモノをすでに持っている時代に、なぜAmazonなどでは売れ筋の商品がさらに売れていくのでしょうか。
「良いものをつくれば売れる」という前提が、なぜ通用しにくくなったのかを考えます。
参考資料
- 総務省統計局「1995年から減少の続く生産年齢人口」
- 総務省統計局「人口推計 平成20年10月1日現在」
- 中小企業庁「2019年版中小企業白書」
- 帝国データバンク「全国『老舗企業』分析調査(2025年)」
- 株式会社金剛組「沿革」
- 株式会社金剛組「会社概要」
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