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最近、個人向け国債について、相続税を軽減する案や、NISA(少額投資非課税制度)の対象に加える案が相次いで浮上しています。

「国債を持てば相続税が安くなるのか」「政府は国債の買い手が足りなくなっているのか」と感じた方もいるでしょう。

しかし、この問題は単なる相続税対策ではありません。

その背景には、長年の金融緩和によって日本銀行が大量の国債を保有する構造になったこと、その日本銀行が国債買入れを段階的に減らしていること、さらに海外投資家の存在感が高まり、国債市場が以前より変動しやすくなっていることがあります。

今回は、相続税軽減案やNISA対象案を、税制だけでなく、国債の安定消化と保有者の多様化という視点から考えます。

最初に結論――相続税軽減は「国債保有者を増やす政策」である

個人向け国債の相続税軽減案は、政府が直ちに国債を発行できなくなるという話ではありません。

より正確には、日本銀行に集中してきた国債保有を、家計、金融機関、年金基金、非営利法人などへ徐々に分散し、金利のある時代でも国債を安定的に発行できる市場をつくろうとする政策の一つです。

相続税の軽減やNISAへの組入れは、個人にとっての国債の魅力を高め、家計の預貯金を国債へ動かすための誘導策になります。

ただし、2026年8月3日時点では、個人向け国債の相続税非課税やNISAへの組入れは、決定した制度ではありません。

国民民主党が具体的な法案を提出しているほか、自民党内でも税制優遇を求める意見が出ていますが、政府・与党による今後の税制改正議論を待つ必要があります。

現在、どのような案が出ているのか

現在報道されている主な案は、次のとおりです。

検討案
想定される効果
主な課題

国債をNISAの対象に加える
利子や譲渡益に対する税負担を軽減する
NISAの「貯蓄から投資へ」という目的との整合性

相続税を非課税・軽減する
高齢者による長期保有を促す
富裕層優遇、他の相続財産との公平性

20年・30年などの超長期商品を設ける
長期の安定保有者を増やす
金利変動、途中換金などの商品設計

物価連動型などを追加する
インフレを意識する個人の需要を取り込む
商品が複雑になり、理解しにくくなる可能性

販売対象を一部法人へ広げる
国債の安定保有層を拡大する
対象法人や実務上の取扱いの整理

国民民主党が2026年7月10日に提出した法案では、NISA口座で購入した国債について、利子や譲渡所得だけでなく、保有者が死亡した場合の相続税も非課税にする仕組みが示されています。

一方、政府側は、国債をNISAへ入れることについて慎重な姿勢も示しています。元本確保型で預金に近い性格を持つ個人向け国債を、株式や投資信託を中心とするNISAへ加えることが、制度本来の目的に合うのかという問題があるためです。

なぜ今、個人が国債の買い手として注目されるのか

長期金融緩和で日銀の国債保有が増えた

バブル崩壊後の長期停滞、いわゆる「失われた30年」の中で、日本銀行は大規模な金融緩和を続けてきました。

特に2013年に始まった大規模な国債購入によって、金利を低位に抑え、市中への資金供給を増やし、デフレからの脱却を目指しました。

その結果、時事通信の報道によると、国債発行残高に占める日本銀行の保有割合は、2013年当時の約11%から、2023年には53%を超える水準まで上昇しました。

その後、日本銀行が金融政策の正常化に転じ、国債買入れを段階的に縮小したため、同じ集計基準による保有割合は47%台まで低下しています。

なお、国債の保有割合は、対象にする国債の範囲や統計上の分類によって数値が異なります。日本銀行の資金循環統計では、国債等に占める中央銀行の保有割合は2026年3月末で42.21%です。

重要なのは、どちらの数字を使っても、日本銀行が依然として極めて大きな国債保有者であるという点です。

問題は「満期を返せるか」だけではない

日本銀行が保有する国債も、期限が来れば償還されます。

しかし、日本の財政では、国債の償還額をその年度の税収だけですべて返すのではなく、多くを借換債によってつないでいます。

したがって、問題は単に「日本銀行が持っている国債を政府が返せるか」ではありません。

日本銀行による買入れが縮小する中で、新規国債と借換債を今後誰が安定的に保有するのかが重要になります。

海外投資家の増加だけでは安定保有にならない

時事通信の記事で特に注目したいのは、日本銀行の保有割合が低下する一方で、海外投資家の保有が増えているという点です。

海外投資家が日本国債を購入すること自体は、市場の厚みや投資家層の多様化につながります。

しかし、海外投資家は国内の銀行、保険会社、年金基金、家計などと比べ、保有期間が短くなりやすいとされています。

金利、為替、海外市場の状況によって売買が動けば、国債価格が下落し、金利が急上昇する可能性があります。

国債金利が上昇すれば、新たに発行する国債や借換債の利率も上がります。時間差はありますが、最終的には国の利払い費を増加させ、財政を圧迫します。

つまり、政府にとって重要なのは、単に国債を誰かに買ってもらうことではありません。

市場環境が変化しても簡単には売却しない「安定保有者」を増やすことが必要なのです。

「日銀頼みからの転換」だけでは説明できない

今回の政策を、「国債が売れなくなったため、日銀の代わりに個人へ買わせる政策」とだけ説明するのは、やや単純化しすぎています。

日本銀行による国債購入は、政府の財政を直接支えることを目的としたものではなく、金利の低位安定、市中への流動性供給、デフレからの脱却を目的とする金融政策として行われてきました。

しかし、長期間にわたり国債を大量に買い続けた結果、日本銀行に国債保有が集中しました。

金融政策を正常化する段階では、この偏りを時間をかけて修正し、日本銀行が以前と同じ規模で国債を買わなくても、安定して国債を発行できる構造をつくる必要があります。

個人向け国債の魅力を高める政策は、長期金融緩和によって生じた国債保有構造を正常化するための政策でもあると考えられます。

政府はすでに保有者の多様化を進めている

政府の動きは、相続税やNISAの検討だけではありません。

財務省は、2026年12月募集分、2027年1月発行分から、個人向け国債の販売対象を一部の非営利法人や非上場法人などへ広げ、名称を「個人向け国債プラス」に変更する予定です。

財務省は、その目的を「国債の安定保有層の拡大」と明記しています。

また、20年・30年などの超長期商品や物価連動型の商品を求める意見もあり、政府は個人向け国債の商品性見直しを検討しています。

これらの動きからも、相続税軽減だけを単独で考えるのではなく、国債の購入者と保有期間を広げる一連の政策として見る必要があります。

相続税軽減は家計資産を動かす強い政策になる

個人による国債保有割合は、時事通信の報道では2%程度にとどまっています。

一方、日本の家計には多額の現預金があります。

相続税を意識する高齢者は、一定の金融資産を持ちながら、株式のような価格変動の大きい商品を避ける傾向があります。

個人向け国債には、次のような特徴があります。

  • 1万円単位で購入できる
  • 発行後1年を経過すれば原則として中途換金できる
  • 中途換金時も額面金額を基礎に精算される
  • 最低金利が設定されている
  • 保有者が死亡した場合には、1年未満でも特例的に換金できる

ここに相続税の軽減を加えれば、預貯金を個人向け国債へ移す強い動機になります。

相続税優遇は、相続人を助ける制度であると同時に、高齢者の金融資産を国債へ誘導し、世代をまたいで国債を保有してもらう政策にもなります。

国債をNISAに入れる目的は二つある

国債をNISAの対象に加える案には、二つの異なる目的があります。

  1. 家計の資産形成の選択肢を増やすこと
  2. 個人を国債の安定的な買い手にすること

金利のある時代では、国債は、株式ほどの価格変動を望まない人にとって資産運用の選択肢になります。

国民民主党は、NISAの投資先が海外株式などに偏っているとして、国内の国債も選択肢に加える必要があると説明しています。

一方で、NISAはもともと、預貯金に偏る家計資産を株式や投資信託などの投資へ振り向ける目的で整備されました。

元本確保型で預金に近い個人向け国債を同じ制度に入れると、既存の投資枠との関係や、NISAの目的そのものを整理し直す必要があります。

国債の販売促進にNISAを利用するのであれば、それが国民の資産形成のためなのか、国の資金調達のためなのかを明確に説明すべきでしょう。

相続税収を政策コストとして使うのか

令和8年度一般会計予算では、租税及び印紙収入は83兆7,350億円です。そのうち、相続税と贈与税を合わせた予算額は3兆8,180億円で、税収全体の約4.6%です。

区分
令和8年度予算額
税収全体に占める割合

租税及び印紙収入
83兆7,350億円
100%

相続税・贈与税
3兆8,180億円
約4.6%

相続税・贈与税は決して無視できる税収ではありませんが、所得税、法人税、消費税と比べれば、税収全体への影響は限定されています。

対象額に上限を設ければ、税収減を一定範囲に抑えながら、個人による国債保有を促すことは可能です。

政策的に見れば、相続税収の一部をコストとして使い、国債保有者の多様化と安定化を進めるという構造です。

避けられない「富裕層優遇」の問題

相続税を軽減する場合、最も大きな問題は公平性です。

そもそも相続税が課税されない世帯には、相続税の非課税措置によるメリットがありません。

また、現金や預金を国債へ移しただけで相続税が減るのであれば、資産の種類を変えるだけで税負担が異なることになります。

そのため、片山財務大臣も、相続税を緩和する場合には「金持ち優遇と言われないような範囲」で整理する必要があるとの認識を示しています。

実際に制度化する場合には、次のような条件が検討される可能性があります。

  • 非課税・軽減対象額に上限を設ける
  • 被相続人本人が購入した国債に限定する
  • 一定期間以上の保有を求める
  • 相続後も一定期間継続して保有する
  • NISA口座内で保有する国債だけを対象にする
  • 短期間の駆け込み購入を対象外とする

ただし、これらは現時点で決定された要件ではありません。今後の制度設計を確認する必要があります。

現行制度では個人向け国債も相続税の対象

実務上、最も注意していただきたいのは、現時点では個人向け国債に相続税の特別な非課税措置はないということです。

被相続人が保有していた個人向け国債は、原則として相続財産に含まれます。

相続税評価額は、課税時期に中途換金した場合に取扱金融機関から支払いを受けることができる金額により、次のように計算します。

額面金額+経過利子相当額-中途換金調整額

したがって、今すぐ個人向け国債を購入しても、それだけで相続税が安くなるわけではありません。

報道や政党の法案を、すでに利用できる制度と誤解しないよう注意してください。

個人向け国債を相続税だけで選んではいけない

仮に相続税軽減やNISAへの組入れが実現しても、すべての預貯金を国債へ移すべきとは限りません。

個人向け国債を検討するときは、次の点を確認してください。

  • 相続税が実際に発生する財産規模か
  • 本人の生活費や医療・介護費を確保できるか
  • 相続税の納税資金を現金で残せるか
  • 相続人へ分けやすい金融機関・口座構成になっているか
  • インフレに対して十分な利回りを確保できるか
  • 中途換金の条件を理解しているか
  • 新制度が成立し、実際に適用できることを確認したか

税理士としての見解

私は、今回の議論を、単に「政府が国債を売れなくなったため、個人に買わせようとしている」と捉えるのは適切ではないと考えています。

長期間の金融緩和は、金利を低位に安定させ、市中へ大量の流動性を供給するために行われました。その結果として、日本銀行に国債保有が集中しました。

金融政策を正常化する段階では、日本銀行が以前と同じ規模で国債を買わなくても、新規国債や借換債を安定的に消化できる市場をつくる必要があります。

しかも、海外投資家の保有増加だけに頼れば、海外の金利や為替、市場心理によって国債価格が動きやすくなります。金利の急上昇は、将来の国債利払い費を増加させます。

そこで、短期的な値上がり益を目的とせず、長期間保有する可能性の高い家計や非営利法人を、国債の新しい安定保有者として取り込もうとしているのでしょう。

相続税の軽減は、そのための非常に強い政策手段です。

ただし、国債の安定消化が必要だからといって、相続税の公平性を軽視してよいわけではありません。

また、国民の資産形成のための制度と、国の資金調達のための政策が混在すると、制度の目的が分かりにくくなります。

国債保有者の多様化という必要性と、相続税・NISAの公平性や制度趣旨は、分けて丁寧に議論すべきだと考えます。

まとめ

  • 日本銀行は金融政策の正常化に伴い、国債買入れを縮小している
  • 日本銀行の代わりに海外投資家の保有が増え、市場変動が大きくなる懸念がある
  • 政府は家計などを長期の安定保有者として取り込もうとしている
  • 相続税軽減、NISA、超長期商品などは一連の販売促進策である
  • 相続税軽減には富裕層優遇、NISAには制度趣旨との整合性という問題がある
  • 2026年8月3日時点では、相続税非課税もNISAへの組入れも決定していない

今後は、対象となる国債、非課税限度額、保有期間、相続後の継続保有要件、NISAの投資枠との関係などを確認する必要があります。

制度が成立する前から、相続税軽減を前提に国債を購入することは避けてください。

相続対策では、税額だけでなく、生活資金、納税資金、遺産分割、金融資産全体のバランスを確認することが大切です。

東京・品川区の税理士
藁総合会計事務所

個人向け国債を含む金融資産の相続や、相続財産全体の組み替えを検討される場合は、制度の成立状況を確認したうえで税理士へご相談ください。