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海外プライベートバンクの一任勘定と外貨建取引の税務リスク

海外のプライベートバンクに資産運用を一任している日本居住者にとって、外貨建取引の税務処理は、今後ますます重要な論点になります。

特に、令和8年6月16日の最高裁判決では、外国金融機関に資産運用を一任していた日本居住者について、外国通貨で他の外国通貨や外貨建て有価証券を取得した場合に、為替差損益に係る所得が生じ得ることが示されました。

最高裁は、外国通貨を円に戻していなくても、外貨を使って別の外貨や外貨建て有価証券を取得した時点で、円ベースの経済的価値が固定化されると判断しています。

この判決は、海外口座や外貨建て資産を保有する個人にとって、単なる判例紹介にとどまりません。実務上は、海外プライベートバンクの一任勘定を利用すること自体が、税務申告上かなり重い負担を伴う可能性があることを意味します。

さらに重要なのは、問題となるのが「外貨建て資産を保有すること」そのものではなく、「いったん保有した外貨を、別の外貨や外貨建て資産の取得資金として使い回すこと」にあるという点です。

判決の事案

この事案では、日本の居住者である納税者が、スイスの金融機関の自己名義口座に合計105億円を送金し、その後、同金融機関に資産運用を一任していました。

金融機関は、運用の一環として、保有する外国通貨を使い、他の種類の外国通貨や外国通貨建ての有価証券を取得する取引を行いました。

納税者は、これらの取引について所得は生じないという前提で確定申告をしましたが、税務署は、これらの取引により為替差損益に係る雑所得が生じているとして、更正処分等を行いました。

最高裁は、納税者側の上告を棄却し、外国通貨によって他の外国通貨や外貨建て有価証券を取得した場合、その取引時点で為替差益に係る所得が生じ得ると判断しました。

円に戻していなくても課税関係が生じる理由

一般の感覚では、外貨を日本円に戻したときに初めて為替差益が実現する、と考えがちです。

しかし、最高裁は、所得税法は所得金額や所得税額の計算を円を基準として行うことを前提にしていると整理しました。外貨建取引についても、取引時の外国為替相場により円換算して所得計算を行うことが定められています。

そのうえで、ある外国通貨で他の外国通貨や外貨建て有価証券を取得した場合、もともと保有していた外国通貨の円ベースの経済的価値が、別の外貨や有価証券の経済的価値として固定化されると判断しました。

つまり、円に換金していなくても、税務上は一度、円ベースで損益を認識する必要がある場合があるということです。

今回の判決で何が問題になったのか

今回の判決で重要なのは、105億円を海外に送金したこと自体が問題になったわけではないという点です。

問題となったのは、その後の一任運用の中で、保有していた外国通貨を使って、他の外国通貨や外貨建て有価証券を取得したことです。

構造としては、次のようになります。

  • 日本円を海外口座に送金する
  • 海外口座内で外国通貨を保有する
  • その外国通貨を使って、別の外国通貨や外貨建て有価証券を取得する
  • その時点で、保有外貨の取得時と使用時の円換算額の差額が問題になる

つまり、外貨を保有していただけではなく、その外貨を別の資産の取得資金として使用したため、為替差損益の認識が問題になったと整理できます。

円貨で直接購入していれば問題は違っていたのか

今回の判決を考えるうえで、実務上重要なのは、「外貨建て資産を持つこと自体」が直ちに問題だったわけではないという点です。

仮に、円貨のまま送金し、その円貨を原資として直接、外貨建て有価証券等を購入する形であれば、少なくとも購入時点では、今回問題となったような「保有していた外貨を処分して別の資産を取得したことによる為替差益」の問題は生じにくかったと考えられます。

これは、円貨で直接購入する場合には、保有していた外貨の取得価額と使用時の円換算額との差額を計算する構造がないためです。

これに対して、いったん外国通貨を保有し、その外国通貨を使って別の外国通貨や外貨建て有価証券を購入する場合には、支払に用いた外国通貨について、取得時の円換算額と使用時の円換算額との差額が問題になります。

つまり、構造としては、次の違いがあります。

  • 円貨で直接、外貨建て資産を購入する場合
  • いったん外貨を保有し、その外貨を使って別の外貨や外貨建て有価証券を購入する場合

前者であれば、購入時点では外貨そのものの為替差損益を認識する場面は限定的です。これに対して後者では、支払に用いた外貨について、取得時の円換算額と使用時の円換算額との差額が所得計算上問題になります。

もっとも、円貨で直接購入すれば、その後も一切問題が生じないという意味ではありません。

外貨建て有価証券を売却して外貨を受け取り、その外貨で別の有価証券を購入する場合、外貨建ての利息や配当を受け取り、その外貨のまま再投資する場合などには、同じように為替差損益の認識が問題になる可能性があります。

したがって、実務上の教訓は、外貨建て資産を保有すること自体よりも、外貨を資金として使い回す運用に注意すべきという点にあります。

国税庁の考え方との関係

国税庁の質疑応答事例でも、外貨建預金を払い出して貸付用の建物を購入した場合、建物の購入時点で為替差益を所得として認識する必要があるとされています。

また、外貨建預貯金を払い出して外貨建MMFに投資した場合にも、為替差益を所得として認識する必要があるとされています。

これらの考え方と今回の最高裁判決を合わせて考えると、外貨をそのまま保有しているだけであれば別として、その外貨を使って別の資産を取得した場合には、その時点で為替差損益の認識が問題になると考えるべきです。

海外プライベートバンクの一任勘定で問題になる点

今回の判決を踏まえると、日本居住者が海外プライベートバンクの一任勘定を利用する場合、特に注意が必要です。

海外プライベートバンクでは、運用成績の向上、通貨分散、リスク管理のために、外貨間取引や外貨建て有価証券の売買が頻繁に行われることがあります。金融機関側からすれば、これは通常のポートフォリオ管理です。

しかし、日本の所得税の申告実務では、これらの取引ごとに、次のような情報を把握する必要が生じます。

  • 使用した外貨をいつ、いくらの円換算額で取得したか
  • その外貨をいつ、どの資産の取得に使用したか
  • 取引日の為替レートはいくらか
  • 使用時の円換算額はいくらか
  • 取得時と使用時の差額として、為替差益又は為替差損がいくら生じたか
  • その所得区分をどのように整理するか

一任勘定の場合、本人は個々の取引を直接指示していないこともあります。しかし、税務上は、本人が取引を細かく把握していなかったとしても、課税関係が生じ得る点に注意が必要です。

問題は運用成績ではなく「申告可能性」

海外プライベートバンクの一任勘定について、今後大きな問題になるのは、運用成績そのものではありません。

重要なのは、その運用内容について、日本の所得税申告に耐えられる資料が作成できるかどうかです。

海外金融機関の運用報告書は、通常、ポートフォリオの評価額、運用損益、通貨別残高、取引履歴などを示すものです。しかし、日本の所得税申告に必要な、外貨ごとの取得価額管理、外貨使用時の円換算、為替差損益の計算まで整理されているとは限りません。

そのため、取引数が多い場合には、申告のための集計コストが非常に大きくなります。場合によっては、税理士側でも正確な所得計算が困難になることがあります。

つまり、海外プライベートバンクの一任勘定は、運用商品としての良し悪しとは別に、日本の所得税申告に耐えられるかという観点から評価しなければなりません。

信託の活用は有効か

現実的な対応策として、信託の活用が考えられます。

ただし、信託を使えば為替差益課税を回避できる、という意味ではありません。受益者等課税信託については、信託財産に属する資産や負債、信託財産に帰せられる収益や費用は、原則として受益者に帰属するものとして扱われます。

したがって、本人が受益者である信託を利用したとしても、信託内で外貨建取引が行われれば、その課税関係が当然になくなるわけではありません。

信託を利用する意味は、課税そのものを消すことではなく、取引、評価、分配、税務報告を管理可能な形に整理することにあります。

つまり、信託の活用は、税務処理の回避ではなく、税務処理の集約・見える化のための手段として考えるべきです。

集計コストを金融機関側に寄せられるかが重要

信託や一定の金融商品を利用するメリットは、金融機関側で税務報告に必要な資料を整備できる可能性がある点です。

たとえば、個人が海外口座で直接、外貨間取引や外貨建て有価証券の売買を繰り返す場合、税務申告に必要な情報を本人側で集計しなければなりません。

これに対して、信託銀行、国内金融機関、税務報告体制のあるファンドや投資信託を利用する場合には、一定の範囲で、取引内容や所得計算に必要な資料が整理されることがあります。

もちろん、商品や契約内容によって対応状況は異なります。そのため、信託を利用する場合でも、事前に次の点を確認することが重要です。

  • 日本の所得税申告に使える取引明細が出るか
  • 外貨ごとの取得価額を管理できるか
  • 取引日の為替レートが明示されるか
  • 外貨使用時の円換算額が分かるか
  • 為替差損益の計算資料を作成できるか
  • 税理士が確認できる形式で資料を提供できるか

信託を使う場合には、「信託だから安心」と考えるのではなく、「日本の税務申告に使える資料が出るか」を確認することが重要です。

今後、海外PB一任勘定は選ばれにくくなる可能性

今回の判決を考慮すると、日本居住者にとって、海外プライベートバンクの一任勘定は、運用の選択肢として慎重に検討すべきものになります。

海外PBの一任勘定には、国際分散、運用の自由度、資産管理の高度化といったメリットがあります。特に富裕層にとっては、今後も一定のニーズが残るでしょう。

しかし、日本の所得税申告という観点から見ると、外貨間取引や外貨建て有価証券の取得が頻繁に行われる一任運用は、税務処理が非常に煩雑になります。

その結果、今後は、単純に運用利回りや金融機関のブランドで選ぶのではなく、日本での申告可能性、税務報告体制、集計コストまで含めて、運用方法を選ぶ必要があります。

場合によっては、海外PBの一任勘定よりも、国内金融機関、信託銀行、税務報告体制の整った投資信託やファンドを活用する方が、現実的な選択肢になる可能性があります。

実務上の対応策

海外口座や外貨建て資産を保有している場合には、次のような対応が考えられます。

  • 外貨間取引をできるだけ減らす
  • 通貨を絞り、頻繁なリバランスを避ける
  • 外貨を長期間プールしない
  • 外貨のまま売却代金、利息、配当を再投資する運用を慎重に検討する
  • 外貨建て資産を購入する場合でも、可能であれば円貨決済を利用する
  • 日本の税務申告に必要な資料を出せる金融機関を選ぶ
  • 信託や投資信託を活用し、取引と報告を集約する
  • 海外PBを使う場合には、日本税務対応レポートの作成可否を事前に確認する
  • 年末残高だけでなく、年間の取引履歴を保存する
  • 国外財産調書や財産債務調書との整合性も確認する

特に重要なのは、投資を始めた後ではなく、投資スキームを決める前に税務上の処理可能性を確認することです。

外貨建て資産そのものが問題なのではありません。問題になりやすいのは、外貨を資金として使い回し、その履歴を日本の税務申告上、正確に説明できなくなることです。

よくある誤解

今回の判決を踏まえると、次のような誤解には注意が必要です。

  • 円に戻していないから、為替差益はまだ課税されない
  • 海外金融機関に任せているだけなので、本人には所得が生じない
  • 年末残高だけ分かれば申告できる
  • 海外PBの運用レポートがあれば、日本の税務申告にもそのまま使える
  • 信託を使えば、為替差益課税を回避できる

これらはいずれも、実務上は慎重に考える必要があります。

特に、円に戻していない場合でも、外貨を使って別の外貨や外貨建て有価証券を取得していれば、その時点で為替差損益の認識が問題になることがあります。

まとめ

今回の最高裁判決により、日本居住者が海外プライベートバンクの一任勘定を利用する場合、外貨建取引の税務リスクをこれまで以上に意識する必要があります。

ポイントは、円に戻していなくても、外貨で別の外貨や外貨建て有価証券を取得した時点で、為替差損益に係る所得が生じ得るという点です。

ただし、外貨建て資産を保有すること自体が直ちに問題なのではありません。問題になりやすいのは、いったん保有した外貨を、別の外貨や外貨建て有価証券の取得資金として使い回す運用です。

仮に円貨で直接、外貨建て資産を購入する形であれば、購入時点では今回のような為替差益課税の問題は生じにくいと考えられます。しかし、その後に売却代金、利息、配当などを外貨のまま受け取り、その外貨で再投資を行えば、同じ論点が再び生じる可能性があります。

そのため、今後は、海外PBの一任勘定について、運用成績だけでなく、日本の所得税申告に耐えられるか、取引ごとの為替差損益を把握できるか、集計コストを誰が負担するのかを含めて検討する必要があります。

信託の活用は有効な選択肢になり得ますが、その目的は課税回避ではなく、税務処理の集約と管理です。

外貨建て資産の運用では、「どの商品が有利か」だけでなく、「外貨をどう動かすか」「申告できる形で運用されているか」が、今後ますます重要になります。

藁総合会計事務所へのご相談

藁総合会計事務所では、中小企業の税務、決算、資金繰り、相続、不動産、国外財産、外貨建て資産に関する税務判断についてご相談を承っています。

海外口座、外貨建て投資、海外プライベートバンク、信託を活用した資産管理については、取引開始前の設計が重要です。判断に迷う場合には、早めに専門家へご相談ください。

参考資料

  • 最高裁判所 令和8年6月16日 第三小法廷判決 令和5年(行ヒ)第366号 所得税更正処分等取消請求事件
  • 国税庁「預け入れていた外貨建預貯金を払い出して貸付用の建物を購入した場合の為替差損益の取扱い」
  • 国税庁「預け入れていた外貨建預貯金を払い出して外貨建MMFに投資した場合の為替差損益の取扱い」
  • 国税庁「法第57条の3《外貨建取引の換算》関係」