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税理士法改正に関する政策提言
― 組織化の促進と専門職としての質の両立に向けて ―

1.はじめに

我が国の税制は、国際化、ボーダレス化、M&A、事業承継、所得税制における個別事情への対応などにより、年々高度化・複雑化しています。

このような環境の中で、税理士に求められる役割は、従来のような個人の知識や経験に依存する業務から、組織として高度な専門性を発揮する体制へと変化しつつあります。

したがって、税理士制度は、専門職としての質を確保しながら、持続可能な人材供給と組織化を促進する方向で再設計される必要があります。

2.税理士法改正の位置づけ

日本税理士会連合会は、令和9年3月成立予定の予算関連法案において、次期税理士法改正を目指していると考えられます。

そのためには、令和8年末に公表される税制改正大綱のうち、「納税環境整備」の項目に税理士法改正の内容が盛り込まれる必要があります。

この実現には、財務省との政策調整、内閣法制局による法案化、与党税制調査会を中心とした政治的合意形成が不可欠です。

3.今回の改正における主要論点

今回の税理士法改正における主要な論点は、大きく次の2点です。

  • 税理士法人制度の見直し
  • 税理士試験制度の見直し

これらは別々の論点に見えますが、実際には、税理士業界における「組織化」と「人材供給」をどのように両立させるかという共通した課題に関わっています。

4.税理士法人制度の見直し

4-1.税理士法人制度の現状

税理士法人制度は、本来、税理士業務の専門性を高め、組織として顧客に対応することを目的として設けられた制度です。

しかし現状では、一部の超大型税理士法人を除き、多くの税理士法人は2名程度の小規模な体制で運営されているのが実情です。

そのため、制度としては法人化されていても、実質的には個人事業の延長にとどまっているケースも少なくありません。

4-2.税理士法人のメリット

税理士法人には、個人事業としての税理士事務所と比較して、次のようなメリットがあります。

  • 事業承継が比較的円滑に行いやすい
  • 税理士報酬について源泉徴収が不要となる
  • 組織として専門分野を分担しやすい
  • 顧客に対して継続的・安定的なサービスを提供しやすい

4-3.現行制度の問題点

一方で、現行の税理士法人制度には大きな課題があります。

  • 社員が2名以上必要であること
  • 社員全員が連帯無限責任を負うこと

特に問題となるのは、社員全員が連帯無限責任を負う点です。

この制度のもとでは、自らが直接関与していない顧客や業務についても、他の社員の業務に起因する損害賠償責任を負う可能性があります。

高度化・複雑化する税務業務において、損害賠償額が高額化する可能性を考えると、この責任構造は税理士法人の組織化を妨げる要因になり得ます。

4-4.損害賠償リスクと職業賠償責任保険

もっとも、実務上は、すべての損害賠償リスクが直ちに税理士個人の破綻につながるわけではありません。

組織内部の手続、顧客への説明責任、裁判となった場合の証拠の確保が適切になされていれば、過失の有無や責任範囲を相当程度コントロールすることができます。

また、税理士職業賠償責任保険を活用することで、通常想定される多くのリスクについては対応可能であると考えられます。

しかし、保険には免責事由や支払限度額があります。さらに、訴訟対応の負担や風評リスクは保険だけで解消できるものではありません。

したがって、職業賠償責任保険は重要なリスク管理手段ではあるものの、連帯無限責任という制度構造そのものの過重性を解消するものではありません。

4-5.一人税理士法人の検討

このような観点から、税理士法人制度の見直しにおいて中心となる論点が、一人税理士法人を認めるべきかという問題です。

他の士業においては、一人法人が認められている例があります。また、個人税理士はもともと無限責任を負って業務を行っています。

そうであれば、税理士法人についてのみ、社員2名以上を必須とする制度が現在の実務環境に照らして合理的であるのか、改めて検討する必要があります。

一人税理士法人を認めることは、税理士業務の組織化、事業承継、業務継続性の確保に資する可能性があります。

5.税理士試験制度の見直し

5-1.令和5年改正による受験資格緩和

令和5年の税理士法改正により、税理士試験の受験資格が緩和されました。

その結果、大学生を中心とした若年層の受験者が大きく増加し、受験者数全体も増加傾向となっています。

5-2.受験者数の増加

近年の税理士試験の受験者数は、概ね次のように推移しています。

年度受験者数
令和4年度約2.9万人
令和5年度約3.3万人
令和6年度約3.5万人
令和7年度約3.6万人

このように、令和5年改正を契機として、受験者数は明らかに増加しています。

特に25歳以下の若年層の増加が顕著であり、大学生を中心とした新規参入が進んでいる点は、制度改正の大きな成果といえます。

5-3.受験資格緩和の評価

税理士業界においては、長期的な人材不足や高齢化が課題とされてきました。

その意味で、受験資格緩和により若年層の参入が増えたことは、税理士制度の持続可能性という観点から肯定的に評価できます。

つまり、令和5年改正は、少なくとも「人材の入口を広げる」という政策目的については一定の成果を上げたと考えられます。

6.公認会計士試験との比較と質の担保

6-1.公認会計士試験における若年合格

一方で、受験資格のさらなる緩和については慎重な議論もあります。

その背景には、公認会計士試験の状況があります。公認会計士試験では受験資格の制限がほとんどなく、10代で合格する事例も生じています。

若年で難関試験に合格すること自体は、本人の努力と能力の結果であり、否定されるべきものではありません。

しかし、専門職資格は単なる知識試験ではなく、実務経験、判断力、倫理観、顧客対応力などを含めて評価されるべきものです。

6-2.国際的評価への懸念

公認会計士試験において10代合格者が生じることについては、海外から見た場合、日本の公認会計士資格が実務能力を十分に担保しているのかという疑問につながる可能性があります。

もちろん、若年合格そのものが直ちに資格の質の低下を意味するわけではありません。

しかし、専門職制度としては、試験合格時点の知識だけでなく、実務を通じた能力形成をどのように制度的に担保するかが重要です。

6-3.税理士試験制度への示唆

この点は、税理士試験制度にとっても重要な示唆を持ちます。

受験資格を緩和すれば、受験者数は増えます。特に若年層の参入を促す効果は大きいと考えられます。

一方で、入口を広げすぎると、専門職としての質をどのように担保するのかという問題が強くなります。

したがって、税理士試験制度の見直しは、単に受験者数を増やすための制度改正ではなく、専門職としての信頼を維持するための制度設計と一体で検討される必要があります。

7.政策的ジレンマ

税理士試験制度の見直しには、次の二つの要請があります。

  • 人材不足に対応するため、入口を広げる必要がある
  • 専門職としての信頼を維持するため、質を担保する必要がある

この二つは、常に調和するとは限りません。

受験資格を緩和すれば受験者は増えますが、その一方で、資格取得後の実務能力や職業倫理をどのように担保するのかが問題になります。

したがって、現在の税理士試験制度は、「量の確保」から「質の維持・向上」へと議論の軸を移しつつあるといえます。

8.今後の制度設計の方向性

8-1.税理士法人制度について

税理士法人制度については、次の方向での見直しが検討されるべきです。

  • 一人税理士法人の容認
  • 社員2名以上要件の見直し
  • 連帯無限責任のあり方の再検討
  • 内部統制・説明責任・証拠保存体制の整備
  • 職業賠償責任保険の活用を前提としたリスク管理体制の強化

8-2.税理士試験制度について

税理士試験制度については、令和5年改正による受験資格緩和の成果を踏まえつつ、さらなる緩和には慎重な検討が必要です。

  • 現行の受験資格緩和は維持する
  • 若年層の参入促進は引き続き重視する
  • さらなる緩和については、実務能力の担保策と一体で検討する
  • 研修制度、実務経験、倫理教育の充実を図る

9.結論

税理士制度は現在、大きな転換点にあります。

一方では、税制の高度化・複雑化に対応するため、税理士業務の組織化が求められています。

他方では、税理士業界の将来を支えるため、若年層を中心とした人材の確保が重要となっています。

しかし、組織化を進めるためには、現行の税理士法人制度における社員2名以上要件や連帯無限責任の問題を見直す必要があります。

また、人材確保のために受験資格を緩和する場合であっても、専門職としての質をどのように担保するかという視点を欠くことはできません。

今後の税理士法改正においては、単に制度を緩和するのではなく、税理士という専門職の社会的信頼を維持しながら、時代に合った組織化と人材育成を進める制度設計が求められます。

すなわち、これからの税理士制度に必要なのは、個人中心の制度から、組織として専門性を発揮できる制度への転換であり、同時に、入口の拡大と専門職としての質の担保を両立させる制度設計です。