前回は、人も会社も、環境の変化の中で生きているという話をしました。
人口が減り、技術が変わり、働く人の価値観も変わっています。
しかし、企業を取り巻く大きな変化は、それだけではありません。
お客様の「選び方」も、大きく変わっています。
世の中には、すでに良いものがあふれている
かつては、良いものをつくれば売れる時代がありました。
世の中に商品が不足していたからです。
テレビがない家庭にテレビを売る。エアコンがない家庭にエアコンを売る。自動車が普及していない地域で自動車を売る。
必要としている人に、必要なものを届ければ、自然と市場は広がっていきました。
しかし、今は違います。
内閣府の2026年3月の消費動向調査によると、二人以上の世帯におけるスマートフォンの普及率は93.5%、薄型テレビは94.1%、ルームエアコンは92.2%となっています。
もちろん、これは「すべての人が必要なものをすべて持っている」という意味ではありません。
ただ、多くの家庭では、生活の基盤となるものがすでにそろっています。
新しく何かを買う理由は、「持っていないから」だけではなくなりました。
- 古くなったものを買い替えたい
- 今より便利にしたい
- 時間や手間を減らしたい
- 不安や不満を解消したい
- 自分らしいものを選びたい
つまり企業は、単に「良いもの」をつくるだけではなく、今持っているものから、わざわざ乗り換える理由を示さなければならなくなったのです。
不足しているのは、商品ではなく「判断する余裕」
一方で、今の人たちは忙しく生活しています。
2024年には、共働き世帯が専業主婦世帯の3倍以上となりました。
仕事をしながら、家事や育児、介護、地域との関係など、いくつもの役割を同時に担っている人も少なくありません。
もちろん、すべての人が時間に追われているわけではありません。
しかし、情報や選択肢が増えたことで、私たちは毎日、非常に多くの判断を求められています。
商品を一つ買うために、何十もの候補を調べ、機能を比較し、口コミを読み、価格を確認する。
それを、あらゆる買い物について行う時間も気力もありません。
今、不足しているのは商品ではありません。
商品を比較し、理解し、決断するための時間と注意力です。
選択肢が多いほど、選びやすくなるとは限らない
選択肢が増えれば、お客様にとって良いことのように思えます。
ところが、心理学や消費者行動の研究では、選択肢が多すぎると、かえって選びにくくなる場合があることが指摘されています。
99件の研究結果、合計7,202人を分析した「選択過多」に関するメタ分析では、特に次のような場合に、選択肢の多さが負担になりやすいとされています。
- 商品の違いが複雑である
- 選ぶ作業そのものが難しい
- 自分の好みがはっきりしていない
- なるべく手間をかけずに選びたい
まさに、今の消費者が置かれている状況です。
何が一番良いのか分からない。
調べる時間もない。
失敗もしたくない。
その結果、人は「最も良いもの」を一から探すのではなく、短時間で安心して選べる手掛かりを求めるようになります。
なぜ、売れ筋がさらに売れるのか
Amazonなどで買い物をするとき、多くの人が参考にするものがあります。
- 売れ筋ランキング
- レビューの件数
- 星の数
- ベストセラーの表示
- 「この商品を買った人はこちらも購入しています」という推薦
Amazonの売れ筋ランキングは、商品の販売データなどを反映し、原則として1時間ごとに更新されます。
つまり、売れた商品が上位に表示され、その表示を見た人が安心して選び、さらに販売やレビューが積み重なっていきます。
流れを単純化すると、次のようになります。
- ある商品が売れる
- ランキングや検索結果で目立つ
- 多くの人が商品を見る
- 「多くの人が選んでいる」という安心感が生まれる
- さらに売れ、レビューも増える
売れるから目立ち、目立つから、さらに売れる。
この循環が生まれます。
人は「他の人の選択」を判断材料にする
人が他の人の行動を判断材料にすることは、心理学では「社会的証明」などと呼ばれます。
特に、自分では良しあしを判断しにくいときや、失敗したくないときには、「多くの人が選んでいる」という事実が、品質を推測する手掛かりになります。
2006年に『Science』へ掲載された実験では、参加者に他の人のダウンロード状況を見せると、ヒットする曲とそうでない曲の差が大きくなりました。
品質はもちろん重要です。しかし、成功は品質だけで決まったわけではありません。
また、Amazonの書籍市場を分析した研究でも、購入者による星の評価が販売に因果的な影響を与えることが示されています。
お客様が買っているのは、商品そのものだけではありません。
「この選択なら、大きく失敗しないだろう」という安心も一緒に買っているのです。
だからといって、上位の商品しか売れないわけではない
ここで注意したいのは、「Amazonでは上位の商品しか売れない」ということではありません。
インターネットには、店舗では置くことが難しいニッチな商品と、それを必要とする人を結び付ける力があります。
インターネット上の検索や推薦機能が、ニッチ商品の販売割合を高めることを示した研究もあります。
大企業と同じように、大量に広告を出す必要はありません。
中小企業にも、特定の悩みを持つ人に、特定の価値を届ける機会があります。
ただし、そのためには、必要としている人に見つけてもらい、短い時間で価値を理解してもらい、安心して選んでもらわなければなりません。
「良いものをつくる」だけでは届かない
商品やサービスの品質を高めることは、今も昔も大切です。
しかし、品質の高さは、購入する前のお客様には見えないことがあります。
売る側は、材料、製法、技術、機能、手間を知っています。
一方、お客様が知りたいのは、もっと具体的なことです。
- これは誰のための商品なのか
- 自分のどんな悩みが解決するのか
- 今使っているものと何が違うのか
- 購入後にどんな変化があるのか
- なぜ、この会社を信頼してよいのか
商品の良さを詳しく説明することと、お客様が判断しやすくなることは、必ずしも同じではありません。
選ばれる会社は、情報を増やすだけではなく、お客様の判断の負担を減らしています。
「良いもの」から「選びやすい良いもの」へ
商品が不足していた時代には、つくること自体に大きな価値がありました。
良いものがあふれている時代には、その良さを見つけてもらい、理解してもらい、信頼してもらうところまでが企業の仕事です。
必要なのは、品質をあきらめることではありません。
品質に、見つけやすさ、分かりやすさ、選びやすさ、安心を加えることです。
次回は、「良いものをつくれば売れる」から脱却するために、中小企業が具体的に何をすればよいのかを考えます。
参考資料
- 内閣府「消費動向調査 2026年3月実施分」
- 内閣府「令和7年版 男女共同参画白書」
- Amazon.co.jp「Amazonランキングについて」
- Amazon「Amazon SEOとは」
- Chernevほか「Choice overload: A conceptual review and meta-analysis」
- Salganikほか「Experimental study of inequality and unpredictability in an artificial cultural market」
- Reimers・Waldfogel「Amazonの星評価が販売に与える影響」
- Brynjolfssonほか「Goodbye Pareto Principle, Hello Long Tail」