夏の節税策チェック|年内にやるべき「利益調整」と「資産の移動」
決算対策というと、決算直前になってから「何か経費にできるものはないか」と慌てて探す会社も少なくありません。
しかし、本来の決算対策は、利益がほぼ確定してから行うものではありません。夏の段階で年間利益を予測し、必要な設備投資、人材への還元、資産の整理、資金繰りを検討することが重要です。
特に、不動産、車両、株式などの資産を法人と経営者個人との間で移動させる場合には、単に名義を書き換えるだけでは済みません。法人税、所得税、消費税、登録免許税、不動産取得税など、複数の税金が関係することがあります。
今回は、中小企業が夏から年末に向けて確認しておきたい利益調整と資産移動のポイントを整理します。
節税策を夏から検討する理由
夏の段階では、年末や決算まで一定の時間が残っています。
そのため、売上、粗利益、人件費、設備投資、借入金返済などを見直しながら、無理のない形で決算対策を進めることができます。
一方、決算直前では、選択できる対策が限られます。設備を注文しても納品が間に合わない、制度の認定申請が間に合わない、賞与の通知や支給要件を満たせないといった問題が起こりやすくなります。
夏に行うべきことは、すぐに経費を使うことではありません。まず、次の数字を把握することです。
- 現時点までの売上高と粗利益
- 年末または決算までの売上予測
- 固定費と変動費の見込み
- 法人税、消費税、地方税の予測額
- 納税後に残る現預金
- 今後必要となる設備、人材、修繕、借入金返済
節税額だけでなく、納税後の資金残高まで確認することが重要です。
「利益調整」は売上を操作することではない
ここでいう利益調整とは、売上を翌期に先送りしたり、架空の経費を計上したりすることではありません。
必要な投資や支出について、その実施時期を経営上合理的な範囲で検討し、当期と翌期の利益を適切に管理することを意味します。
商品やサービスの引渡しが完了しているにもかかわらず、請求書の発行を遅らせて売上を翌期に回すことはできません。売上の計上時期は、原則として請求日や入金日ではなく、商品を引き渡した日やサービスの提供を完了した日など、取引の実態に基づいて判断します。
決算対策は、会計処理を変えることではなく、実際の経営行動を前倒しするかどうかを検討するものです。
年内に検討したい利益調整策
1.必要な設備投資を前倒しする
パソコン、サーバー、業務用ソフト、機械、工具、事務機器など、近いうちに必要となる設備がある場合は、取得時期を検討します。
ただし、資産は購入代金を支払っただけで減価償却できるとは限りません。原則として、その事業年度中に納品され、設置や設定を終え、実際に事業で使用できる状態、いわゆる「事業の用に供した」状態になっている必要があります。
年末に注文したものの納品が翌年になった場合、その年の減価償却費には反映できないことがあります。
2.40万円未満の少額資産を確認する
青色申告を行う一定の中小企業者等には、40万円未満の減価償却資産を取得した場合、年間合計300万円まで取得価額の全額を損金算入できる特例があります。
この取得価額基準は、2026年4月1日以後に取得等をする資産について、従来の30万円未満から40万円未満へ引き上げられました。適用期限は2029年3月31日までとされています。対象となる中小企業者の従業員数要件や、貸付用資産の除外などにも注意が必要です。
例えば、35万円のパソコンを購入した場合、一定の要件を満たせば、通常の耐用年数で減価償却するのではなく、取得年度に全額を損金算入できる可能性があります。
ただし、次の点には注意が必要です。
- 40万円ちょうどの資産は「40万円未満」には該当しない
- 年間合計300万円までという限度がある
- 購入しただけでなく、事業で使用を開始する必要がある
- 青色申告や申告書への明細添付などの要件がある
- 消費税の税込経理・税抜経理によって取得価額の判定が変わる
少額資産の特例は、不要な備品を買うための制度ではありません。翌期に必要なものを前倒ししても資金繰りに問題がない場合に検討すべき制度です。
3.中小企業経営強化税制などを検討する
一定の設備投資については、中小企業経営強化税制により、即時償却または税額控除を選択できる場合があります。
対象となるためには、経営力向上計画の認定や工業会等の証明書などが必要です。設備の種類によっては、取得前に証明書や確認書の申請を進める必要があります。中小企業経営強化税制の現行の適用期限は2027年3月31日です。
決算直前に設備を購入してから制度を調べても、手続きが間に合わない可能性があります。大型の設備投資を予定している場合は、夏の段階から対象要件を確認しておくことが重要です。
4.従業員への決算賞与を検討する
利益が見込まれる場合には、従業員への還元として決算賞与を支給する方法があります。
一定の要件を満たせば、決算日までに支給していない賞与でも、当期の損金として計上できることがあります。
一般的には、次のような要件を確認します。
- 決算日までに、従業員ごとの支給額を確定する
- 決算日までに、各従業員へ支給額を通知する
- 決算日の翌日から1か月以内に支給する
- 決算で未払賞与として損金経理する
単に賞与引当金を計上しただけでは、原則として損金にはなりません。また、業績によって金額を変更する可能性が残っている場合や、通知の記録が残っていない場合には、当期の損金算入が認められないことがあります。使用人賞与は原則として実際の支給時に損金算入され、未払計上する場合には一定の要件を満たす必要があります。
なお、役員に支給する賞与は、従業員賞与とは取扱いが異なります。事前確定届出給与などの要件を満たさない役員賞与は、法人税の計算上、損金にならない可能性があります。
5.修繕やメンテナンスの時期を確認する
店舗、事務所、工場、機械、車両などについて、近いうちに必要な修理やメンテナンスがある場合は、実施時期を検討します。
ただし、支出すればすべて修繕費になるわけではありません。
通常の維持管理や原状回復のための支出であれば修繕費となる可能性がありますが、耐用年数を延ばしたり、性能や価値を高めたりする工事は「資本的支出」として資産計上し、減価償却することがあります。
また、工事代金を先に支払っても、工事が翌期に完了する場合は、当期の修繕費にならないことがあります。
6.不良在庫と固定資産を整理する
長期間売れていない商品、使用していない機械、壊れた備品などが帳簿に残っていないか確認します。
実際に廃棄する場合には、廃棄日、対象商品、数量、理由が分かる資料を残しておくことが重要です。写真、廃棄業者の証明書、社内の廃棄決裁書なども有効です。
単に「売れそうにない」「古くなった」という理由だけで、在庫や資産の帳簿価額を自由にゼロにすることはできません。
7.売掛金の回収可能性を確認する
長期間回収できていない売掛金がある場合は、相手先の状況を確認します。
税務上、貸倒損失として損金算入できるのは、法的に債権が切り捨てられた場合、債務者の資産状況や支払能力から全額回収できないことが明らかな場合、一定期間取引が停止している場合など、限定されたケースです。
単に入金が遅れているだけでは、貸倒損失にはできません。催促状、相手先とのやり取り、信用情報、弁護士への相談記録などを整理しておく必要があります。
8.前払費用は契約内容まで確認する
家賃、保守料、サブスクリプション、保険料などを年払いすることで、一定の要件のもと、支払時に損金算入できる場合があります。
ただし、短期前払費用の取扱いは、契約に基づいて継続的に役務の提供を受ける費用を、支払日から1年以内に提供を受ける範囲で支払い、継続して同じ処理をしている場合などに限られます。
単発の広告費、コンサルティング料、成果物の納品を伴う業務などは、前払いしただけで全額を損金にできるとは限りません。
年内に検討したい「資産の移動」
夏から年末にかけては、法人と経営者個人が保有する資産の整理を検討する会社もあります。
例えば、次のようなケースです。
- 社長個人が所有する車両を法人へ売却する
- 個人所有の事務所や土地を法人へ移す
- 法人所有の社宅や車両を社長個人へ売却する
- 個人事業で使用していた設備を法人へ引き継ぐ
- 事業承継に備えて株式や不動産の保有関係を整理する
こうした資産移動は、節税効果だけを見て実行すべきではありません。
個人と法人の取引には時価が求められる
経営者個人と法人は、法律上も税務上も別の主体です。
そのため、個人から法人へ資産を移す場合も、法人から個人へ移す場合も、原則として適正な時価による売買を検討します。
時価より著しく低い価額で法人から社長へ資産を売却すると、その差額が役員給与や経済的利益と認定される可能性があります。
反対に、社長個人の資産を法人が時価より高く買い取った場合にも、時価を超える部分が役員給与や寄附金と判断される可能性があります。
売買契約書だけでなく、査定書、相場資料、固定資産税評価額、鑑定評価など、価格の根拠を残すことが重要です。
不動産の移動には複数の税金がかかる
個人所有の不動産を法人へ移すと、個人側では譲渡所得税が発生する可能性があります。
法人側でも、登録免許税、不動産取得税、司法書士報酬などの負担が生じます。建物の売買については、売主の課税関係によって消費税が関係する場合もあります。
毎年の所得税や法人税が減るとしても、移転時の税金や費用の方が大きくなることがあります。
不動産の移動は、少なくとも次の点を含めて試算する必要があります。
- 譲渡所得税
- 法人税
- 消費税
- 登録免許税
- 不動産取得税
- 固定資産税
- 借入金の借換えや金融機関の承諾
- 将来売却するときの課税
- 相続や事業承継への影響
車両や備品の名義変更にも注意する
社長個人の車両を法人へ移す場合、実際の利用状況、売買価額、維持費の負担、保険契約、駐車場契約なども整理する必要があります。
法人名義に変えただけで、私的利用が多い場合には、関連費用の全額を法人経費にできるとは限りません。
また、法人が社長から中古資産を取得した場合には、中古資産の耐用年数を用いて減価償却できることがありますが、取得価額や使用開始時期を裏付ける資料が必要です。
資産管理会社の設立は節税だけで決めない
不動産や有価証券の保有を目的として、新たに法人を設立する方法が検討されることもあります。
しかし、法人を設立すると、赤字でも法人住民税の均等割が発生し、決算申告、会計処理、社会保険、銀行口座管理などの事務負担も増えます。
法人化した方が有利かどうかは、資産規模、収入、借入金、将来の売却、相続予定、家族構成などによって異なります。
「法人に移せば節税になる」という理由だけで進めるのではなく、少なくとも数年間の税負担と維持費を比較する必要があります。
よくある失敗例
失敗例1 税金を減らすために不要なものを買う
100万円を経費にしても、税金が100万円減るわけではありません。
仮に実効税率を30%とすると、100万円を使って減る税金は概算で30万円です。会社からは差引き70万円の資金が出ていきます。
必要な投資であれば意味がありますが、不要なものを購入すれば、節税以上に現預金が減少します。
失敗例2 注文しただけで経費にできると思っていた
設備や修繕は、契約や支払いだけでなく、納品、工事完了、使用開始の時期が重要です。
年末に発注しても、翌年に納品された場合には、その年の損金にならないことがあります。
失敗例3 決算賞与の通知が曖昧だった
「業績が良ければ賞与を支給する」と伝えただけでは、各従業員への確定額の通知とはいえません。
誰に、いくら支給するかを確定し、通知した事実を記録として残す必要があります。
失敗例4 個人の資産を法人名義に変えただけだった
自動車や不動産の名義を変えても、売買代金の授受、契約書、時価の根拠がなければ、税務上の処理が問題となります。
特に関連当事者間の取引は、第三者間の取引以上に価格や契約条件を説明できるようにしておく必要があります。
失敗例5 節税した結果、納税資金が不足した
設備投資や賞与によって利益を減らしても、消費税や源泉所得税、社会保険料などの支払いは残ります。
法人税だけを見て資金を使い切ると、納税時に借入れが必要になることがあります。
夏の段階で確認すべきチェックリスト
- 月次試算表が直近まで作成されているか
- 年間の売上と利益を予測しているか
- 法人税、消費税、地方税の納税予測があるか
- 納税後の現預金残高を確認しているか
- 年内に必要な設備投資を一覧にしているか
- 設備の納期と使用開始日を確認しているか
- 40万円未満の少額資産の特例を確認したか
- 決算賞与の支給要件と資金負担を確認したか
- 修繕費と資本的支出を区分できているか
- 不良在庫、遊休資産、長期未収債権を確認したか
- 個人と法人の資産を混同していないか
- 資産移動について時価と税負担を試算したか
- 節税後も運転資金を確保できるか
節税は「税金を減らすこと」だけではない
節税策を考える際には、税金がいくら減るかだけでなく、その支出によって会社に何が残るかを考える必要があります。
人材への還元であれば、従業員の定着や意欲につながるかもしれません。設備投資であれば、生産性や売上の向上につながる可能性があります。修繕であれば、事故や故障を防ぎ、事業を安定させる効果があります。
一方、税金を減らすことだけを目的とした支出は、会社の資金を減らすだけで終わることがあります。
夏の決算対策で重要なのは、税金をゼロに近づけることではありません。予想利益、納税額、投資額、資金残高を並べ、会社にとって最も合理的な着地点を決めることです。
まとめ
夏は、年末や決算に向けた節税策を検討し始めるのに適した時期です。
設備投資、少額資産、従業員賞与、修繕、不良在庫の整理などは、会社の実情に応じて早めに検討することで、選択肢を増やすことができます。
ただし、利益調整は売上や経費を恣意的に動かすことではありません。また、個人と法人の間で資産を移動する場合には、時価による取引や複数の税負担を慎重に確認する必要があります。
節税策は、資金繰り、設備計画、人材戦略、事業承継まで含めて判断することが重要です。
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藁総合会計事務所では、中小企業の月次決算、納税予測、決算対策、設備投資、役員報酬設計、資金繰り、法人と個人の資産整理などに関するご相談を承っています。
節税策は、実行する時期によって結果が変わります。決算直前では選択できない制度もあるため、利益が見込まれる場合や資産移動を検討している場合には、早めに専門家へご相談ください。
参考資料
- 財務省「令和8年度税制改正の大綱」
- 中小企業庁「少額減価償却資産の特例」
- 中小企業庁「中小企業経営強化税制」
- 国税庁「使用人賞与の損金算入時期」
- 国税庁「減価償却のあらまし」